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伝えるとは、事実を並べることではなかった――聞き手が知りたい順番へ「変換」する

ある先輩と組んで、企画提案をしたときのことです。

私たちは、審査委員を前に、これから企画のプレゼンを始めようとしていました。

何を提案するのか。

この企画には、どんな価値があるのか。

ほかの企画とは何が違うのか。

なぜ、私たちに任せてほしいのか。

限られた時間の中で、それを伝えなければなりません。

説明役を担当したのは、先輩でした。

先輩は資料を開き、ゆっくりと話し始めました。

ところが、いきなり企画の趣旨やポイントを説明するのではありません。

「この企画を考えることになった経緯から、ご説明します」

そう言って、背景の説明を始めたのです。

最初に、どのような相談を受けたのか。

誰と打ち合わせをしたのか。

そこから、どんな問題が見えてきたのか。

なぜ、その問題を検討することになったのか。

関係者と、どのようなやり取りをしたのか。

話は、さらに続きました。

先輩にとっては、すべて必要な説明だったのでしょう。

一つひとつの事実に、間違いがあるわけでもありません。

しかし、肝心の企画の内容が、なかなか出てきません。

私は隣で、だんだん落ち着かなくなっていました。

審査委員の表情も、少しずつ曇り始めます。

資料を見る人。

時計を見る人。

視線を落とす人。

プレゼンの場に流れていた期待が、少しずつ失われていくのがわかりました。

それでも、先輩の話は続きます。

私は、ついに耐えられなくなりました。

そして、思わず口を挟んでしまったのです。

「先輩、その話、まだ続きますか?」

今思い返しても、大変失礼な言い方でした。

先輩は、明らかに驚いていました。

「何を言っているの?」

「しかも、このタイミングで?」

そんな表情で、私を見ました。

ところが、審査委員は違いました。

一瞬の沈黙のあと、会場に笑いが起きました。

そして、審査委員の一人が、笑いながら言ってくれたのです。

「では、ご提案のポイントをうかがいましょうか」

その一言で、プレゼンはようやく本題に入りました。

私は、あの場面を何度も思い返してきました。

先輩は、何を間違えたのでしょうか。

話していた事実は、間違っていなかった

先輩が説明していた内容は、間違っていませんでした。

企画が生まれた経緯。

取り組むことになった背景。

関係者との調整。

それまでに検討してきたこと。

どれも、企画を理解するうえでは必要な事実です。

嘘をついていたわけではありません。

余計なことだけを話していたわけでもありません。

むしろ先輩は、企画に至るまでの過程を、正確に説明しようとしていました。

それなのに、なぜ審査委員の表情は曇ったのでしょうか。

なぜ、

「では、ご提案のポイントを」

と言われてしまったのでしょうか。

問題は、話している事実ではありませんでした。

事実を話す順番にあったのです。

先輩は、自分たちが企画を考えてきた順番で話していました。

最初に相談があった。

次に問題が見つかった。

それから関係者と話した。

いくつかの案を検討した。

そして、ようやく今回の提案にたどり着いた。

自分たちが経験してきた時間の流れに沿って、説明していたのです。

しかし、審査委員は、その過程を一緒に経験していません。

審査委員が最初に知りたかったのは、

「何を提案するのか」

でした。

次に、

「その企画の何が優れているのか」

「どんな価値があるのか」

「なぜ採用すべきなのか」

を知りたかったはずです。

経緯や背景が不要だったわけではありません。

ただし、それは最初に知りたいことではなかった。

ここに、話し手と聞き手のズレがありました。

話し手は、起きた順番で話したくなる

私たちは、自分が経験したことを話すとき、起きた順番で説明したくなります。

最初に何が起きたのか。

次に何を考えたのか。

誰と話したのか。

そこで何が決まったのか。

どんな苦労があったのか。

そして、最終的にどうなったのか。

話す本人にとっては、その順番が最も自然です。

なぜなら、自分の中では、その時間の流れに沿って理解してきたからです。

途中の出来事にも、一つひとつ意味があります。

苦労した過程も伝えたい。

検討した内容も知ってほしい。

簡単に思いついた企画ではないことも説明したい。

だから、最初から順番に話したくなります。

しかし、聞き手は違います。

聞き手は、その出来事を一緒に経験していません。

すべてを最初から聞かなければ、結論を理解できないとは限りません。

むしろ、先に全体像が見えなければ、途中の話をどう受け取ればよいのかわからないことがあります。

何のための経緯なのか。

どこへ向かう話なのか。

何を理解するために聞いているのか。

それが見えないまま説明が続くと、聞き手は迷子になります。

話し手は、起きた順番で話したくなる。

聞き手は、理解できる順番で聞きたい。

このズレが、伝わらない原因です。

聞き手は、まず「何の話か」を知りたい

企画提案で、審査委員が最初に知りたかったのは、背景ではありませんでした。

「今回、私たちは何を提案するのか」

です。

たとえば、冒頭で、

今回ご提案するのは、売場と映像を連動させ、お客様の購買行動を変える企画です。

と伝えれば、聞き手は、これから何の話を聞くのか理解できます。

続けて、

ポイントは三つあります。

と示せば、話の全体像が見えます。

そのうえで、

なぜ、この企画が必要になったのかをご説明します。

と背景へ戻れば、経緯も理解しやすくなります。

同じ事実を使っていても、順番が違うだけで、受け取りやすさは大きく変わります。

話し手が話したくなる順番

経緯

背景

検討した内容

苦労したこと

企画のポイント

結論

聞き手が知りたい順番

何を提案するのか

何がポイントなのか

なぜ必要なのか

どう実現するのか

必要に応じて経緯や背景

話し手の順番が間違いだとは限りません。

聞き手の理解に合うように、並べ替える必要があるのです。

事実を並べただけでは、「情報」にならない

私は長く、映像や企画の仕事に関わってきました。

現場には、たくさんの出来事があります。

誰が何を言ったのか。

いつ何が起きたのか。

どんな数字が出たのか。

どんな問題が発生したのか。

どんな対応が行われたのか。

それらは、すべて事実です。

しかし、事実をそのまま並べれば、相手に伝わるわけではありません。

企画書でも同じです。

調べた事実をすべて書く。

会議で出た意見をすべて盛り込む。

関係者から聞いた話を漏れなく説明する。

それだけでは、聞き手は、

「結局、何が言いたいのですか?」

となります。

事実は、材料です。

材料が多いことと、料理がおいしいことは同じではありません。

どの材料を選ぶのか。

どの順番で出すのか。

何を最初に味わってもらうのか。

最後に、何を残すのか。

そこまで考えて、初めて材料は料理になります。

同じように、事実も、

選ぶ。

並べる。

意味づける。

メッセージにつなげる。

という作業を経て、初めて相手が受け取れる情報になります。

問いがなければ、選べない

では、たくさんの事実の中から、何を選べばよいのでしょうか。

ここで必要になるのが、「問い」です。

問いとは、目の前の出来事を照らす懐中電灯のようなものです。

たくさんの事象が暗闇の中にある。

そこへ問いを向ける。

すると、その問いを考えるために必要な事象だけが光って見えるようになります。

たとえば、企画提案で、

この企画を採用する価値は何か。

という問いを立てる。

すると、

企画が生まれた細かな経緯を、最初からすべて話す必要はありません。

企画の価値を示す事実。

ほかの案との違いを示す事実。

実現できる根拠となる事実。

審査委員が判断するために必要な事実。

それらが、優先して選ばれます。

一方で、自分たちが苦労した話が、企画の価値と直接関係しないなら、最初に長く話す必要はありません。

問いがあるから、必要な事象を選べるのです。

問いがなければ、

「あれも大事」

「これも説明したい」

「これも省けない」

となり、すべてを並べることになります。

その結果、焦点がぼやけます。

焦点とは、問いで照らして選ぶこと

私は、問いによって必要な事象を選ぶことを、「焦点を決める」と考えています。

焦点とは、話題を一つに狭めることだけではありません。

問いを持って、たくさんの事象を照らし、

その問いを解くために必要なものだけを光らせること

です。

プレゼンの場で、先輩は多くの事実を持っていました。

しかし、

「審査委員は、何を判断しようとしているのか」

という問いが、説明の中心に置かれていなかったのかもしれません。

だから、自分たちにとって重要だった経緯が、説明の中心になりました。

もし、

審査委員が、この企画を採用するために、最初に何を知る必要があるか。

という問いを立てていれば、焦点は変わったはずです。

企画の趣旨。

提案のポイント。

得られる効果。

実現可能性。

そこから説明し、必要に応じて背景を補足する。

同じ事実を持っていても、焦点が変われば、話の順番も変わります。

事象からメッセージへ「変換」する

私が伝える仕事について考えるとき、基本にしている流れがあります。

事象 → 情報 → 意味 → メッセージ

です。

事象

目の前で起きた出来事や、集めた事実です。

企画を考えるきっかけがあった。

関係者と打ち合わせをした。

問題が見つかった。

複数の案を比較した。

最終案を決めた。

この段階では、まだ材料が並んでいるだけです。

情報

問いを立て、焦点を決め、必要な事象を選んだ状態です。

審査委員が企画を判断するために必要な事実を選ぶ。

何を提案するのか。

どんな価値があるのか。

実現できる根拠は何か。

ここで、事象が整理されます。

意味

選んだ情報から、

「だから、何なのか」

を見つけます。

この企画は、単なる新しい施策ではない。

これまで解決できなかった問題を、別の方法で解決する企画である。

この企画を採用することで、利用者の行動が変わる。

組織の課題を、根本から変えられる。

情報が、聞き手にとってどんな意味を持つのかを考えます。

メッセージ

最後に、聞き手へ何を残したいのかを一言にします。

この企画なら、これまで届かなかった人に、情報を届けられます。

この企画は、コストを減らす提案ではなく、仕事の進め方を変える提案です。

私たちが提案しているのは、新しい映像ではなく、新しい行動です。

これがメッセージです。

事実をそのまま並べるのではなく、

問いを立てる。

焦点を決める。

必要な事象を選ぶ。

意味を見つける。

相手に残すメッセージへつなげる。

この一連の作業を、私は「変換」と呼んでいます。

「変換」は、事実を曲げることではない

「事実を並べ替える」と言うと、

都合のよい事実だけを選ぶのか。

印象操作をするのか。

事実を演出するのか。

と思う人もいるかもしれません。

しかし、私が言う「変換」は、事実を曲げることではありません。

伝えたい結論に合わせて、都合の悪い事実を隠すことでもありません。

事実にない意味を、勝手につけ加えることでもありません。

伝える相手には、時間があります。

関心があります。

知識の量があります。

判断したいことがあります。

それを考えず、すべての事実を同じ重さで並べても、相手は受け取れません。

だから、

相手が何を知りたいのか。

何を判断しようとしているのか。

どの順番なら理解できるのか。

を考える。

そのうえで、必要な事実を選び、理解できる形に整える。

変換とは、事実を加工して、別のものに見せることではありません。

事実が持っている意味を、相手が受け取れる形にすることです。

事実を減らすことと、捨てることは違う

プレゼンでは、すべての事実を話すことはできません。

時間が限られています。

だから、何かを選び、何かを後ろへ回す必要があります。

そのとき、

「大事な事実を削ってよいのか」

という不安が生まれます。

しかし、最初に話さないことと、隠すことは違います。

まず、聞き手が全体像を理解するために必要なことを伝える。

その後、必要なら詳しい背景を説明する。

質問があれば、経緯や根拠を示す。

資料の後半に、補足情報を入れておく。

すべてを同じタイミングで話す必要はありません。

伝えるとは、事実を減らすことでも、飾ることでもない。

相手が理解できる順番に、事実を並べ替えることです。

結論から話せば、すべて伝わるのか

では、いつでも結論から話せばよいのでしょうか。

必ずしも、そうではありません。

聞き手が前提をまったく知らない場合、結論だけを先に出しても理解できないことがあります。

感情的に受け入れにくい話では、背景から丁寧に説明した方がよいこともあります。

相手との信頼関係によっては、いきなり結論を出すと、唐突に感じられることもあります。

重要なのは、

「結論から話す」という一つの型を、すべてに当てはめることではありません。

相手が、どの順番なら理解できるのかを考えることです。

企画提案なら、提案の全体像やポイントから入る。

事故報告なら、最初に何が起き、現在どんな状態なのかを伝える。

謝罪なら、まず被害を受けた人への言葉を届ける。

研修なら、なぜ学ぶ必要があるのかを共有してから、内容を説明する。

伝える順番は、目的と相手によって変わります。

だからこそ、変換が必要なのです。

話す順番は、相手への配慮である

話す順番は、単なるテクニックではありません。

相手の時間をどう扱うか。

相手の理解をどう助けるか。

相手が判断しやすい状態をどうつくるか。

という、相手への配慮です。

自分が話したい順番を優先すれば、話し手は楽です。

経験した順に思い出せばよいからです。

知っていることを、すべて話せばよいからです。

しかし、聞き手に理解してもらうためには、一度、自分の順番を手放さなければなりません。

相手は、最初に何を知りたいのか。

何がわからないのか。

どこで疑問を持つのか。

何を判断する必要があるのか。

相手の側へ立ち、もう一度組み直す。

伝えるとは、自分が知っていることを外へ出すことではありません。

相手の頭の中に、理解できる形をつくることです。

「その話、まだ続きますか?」が教えてくれたこと

あのプレゼンで、私は先輩に、

「その話、まだ続きますか?」

と言ってしまいました。

言い方としては、決して褒められたものではありません。

もっと別の伝え方があったと思います。

しかし、審査委員が笑いながら、

「では、ご提案のポイントをうかがいましょうか」

と言ってくれたことで、その場にあったズレがはっきりしました。

先輩は、背景を説明していました。

審査委員は、提案のポイントを待っていました。

先輩は、自分たちが企画へたどり着いた順番で話していました。

審査委員は、企画を判断できる順番で聞きたかった。

話していた事実は、間違っていませんでした。

ただ、聞き手が知りたい順番ではなかったのです。

伝えるとは、事実を並べることではなかった

あのとき、先輩が話していた内容は、間違っていませんでした。

経緯も、背景も、検討してきた内容も、企画を説明するうえで必要な事実でした。

ただ、それは、審査委員が最初に知りたいことではなかったのです。

話し手は、起きた順番で話したくなる。

聞き手は、理解できる順番で聞きたい。

このズレが、伝わらない原因です。

伝えるとは、事実を減らすことでも、飾ることでもありません。

問いを立てる。

焦点を決める。

必要な事象を選ぶ。

そこから意味を見つける。

そして、相手に残したいメッセージへつなげる。

事象を、情報へ。

情報を、意味へ。

意味を、メッセージへ。

伝えるとは、事実を並べることではない。

相手が理解できる順番に、事実を並べ替えることです。

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