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絶対にのぞき込んではいけない感情が足下にある

「それ」に注視したら、きっと私も「それ」に飲まれてしまう

最近、「あ、これについてあれこれ考えてしまったらもうダメな気がする」と思わされるタイミングが多々あります。

教育職員の精神疾患による病気休職者数(令和4年度)

教育職員(※)の精神疾患による病気休職者数は、6,539人(全教育職員数の0.71%)で、令和3年度(5,897人)から642人増加し、過去最多。

(※)公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校における校長、副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭、教諭、養護教諭、栄養教諭、助教諭、講師、養護助教諭、実習助手及び寄宿舎指導員 (総計918,987人(令和4年5月1日現在))

令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査について:文部科学省

全教育職員数の0.71%… 

 この職場に来たばかりのとき、放課後に教室で作業をしていたら、同じ学年を組んでいた人が「実は、心がついていけなくて療休を取ったことがあるんです。」と私に打ち明けてくれました。
「一緒に働くにあたって、お伝えしておかなければ、と思ったのです。」とその人は言いました。私以外の学年のメンバーは、もうその学校に以前からいた人ばかりだったから、わざわざ伝えなくてもその人の状況は理解していたらしいのです。
なんと丁寧な人だろう。と思いました。そして、その誠実さが、心がついて行けなくなったことにつながったのかもしれないな、と推測したりもしました。
 この方より自分は幾分年嵩だし、こうして打ち明けてくれたのだから、困った時にはできる限りのことをしたいとも思いました。結局、その人とはその年の1年と、その後もう1年同じ学年を組みました。最初の1年は同じ担任同士。最後の1年は、私が学年主任でその人は担任でした。その人は転勤していきましたが、今でも連絡を取って食事に行ったりするので、きっとご一緒した2年間はそう悪いものではなかったと思っています。
 また、この学校に転勤してくる前に、以前の職場で療休を取ったことがある、という人とも同じ学年を組んだことがあります。その方は、寒い季節が近づくと学校に足が向かなくなり、新年度が来ると復職し、と繰り返してらっしゃいます。ご自分の専門の教科において、深い知識があられる方ですし、生徒に対しては「ならぬものはならぬ」と毅然とした態度で接してくださる方です。ですから、縁あって何年も同じ学年を組みました。他の学年の先生からは、「大変ですね」とお声がけいただきましたが、「今は休み休みでも、元気になってくださればそれでいい」という思いだけでした。
 そしてまた、一緒に働く仲間が、療休に入られます。その方も、教科指導にも部活動指導にも熱心な方です。仕事は大変丁寧で、いろんなことをうっかり忘れてしまう自分なんかとは比べものにならないくらい、大変優秀な方です。

…全教育職員数の0.71%?

いや、本校で言ったら、7%の発生率なんですが?

私が抱えている不満と不安

 一番大きい不満は、夫に対することです。ここ数年で、彼に対する気持ちの源泉がはっきり見えてきた気がします。
 夫についてはこの記事でちょっと書いてます。

 で、この他にも
○ 娘が生後間もない頃に「一人でお風呂に入れるのが不安だから、ちょっと早く帰ってきてほしい」と頼んだら「出世できなくなるけどそれでもよければ」と返された話
○ 「オムツを替えるときには淡々とやらず、『きれいになって気持ちがいいね』とか、声をかけてもらえないかな?」と頼んだら「声ってw」と一笑に付された話
○ 朝自分の身だしなみだけ整えて出て行くの、おかしくないかなって話
○ 職場で上司にみんなの前で大きな声で叱責されて、辛かった、と言った私に、一言も寄り添うことなく「その年代の人はそうだよね」と言い放った話

などなど、枚挙に暇がありませんけれども!

産後の恨みは一生もの、と聞いたことがありますけど、産後10年たちましたがまだ恨みが消えませんというか、その恨みのせいで、もう顔も見たくありません。

なので、常に精神的に安らがないな、という気持ちがしています。職場においては、少ない人数で仕事を回し、「え、このまま人不足が続いたらどうなっちゃうのかなぁ」と不安を抱え、家においては子育て家事を一手に引き受け、「私このままこの人の妻を続けていたくないのだが」と不満がたまる日々。

寝ようと思うと、他の嫌なことや気になることがふわふわと頭に浮かんできて、ついついそれに注視しそうになるんですけど、「あ、これは注視したらダメになってしまうやつ」と思って、無理矢理なんとか意識をそらして眠りについています。

え?私ももしかして、0.71%の方へ向かっている…?

書くことは私にとってセラピーである

つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

徒然草

私にとっては、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるのは、「黙って悶々と考えているよりずっといい」ってこと。
黙って考えていると、思考のドツボにはまってとっぴんしゃんなのよ。いや、とっぴんしゃんなのは茶壺に追われてですけどもね。ともかく、「あ、やばい。なんか、足下をすくわれそうな気がする」と思うから、とりとめのないことだけれども書く。別に自分だけが読むノートとかに書いたらいいんだろうけれど、どうせなら書いたものはネットの海に流してみる。もしかしたら、なんかいいこと起こるかもしれないし。いや、逆に手厳しい意見をいただくかもしれないけど…ともかくなんでもいい。私の頭に浮かぶことを出力したい。

久しぶりに開いて、投稿するのがこんなことでどうなのかな、と思わないこともないけれども、そもそも私がnoteで何をどう書くか、自由なはず。だから今日はこれをアップして寝るんだ。何も考えずにね。

おやすみなさい。

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