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ネットは正気と信念を取り戻せるか

2026年6月4日(木)のNACK5『Good Luck! Morning!』内「エコノモーニング」では、こんなお話をしました。

今日は、「ネットは正気と信念を取り戻せるか」というお話です。

先日、SNSで衝撃的な動画が拡散しました。ビジネス系インフルエンサーの男性が、全裸の女性による人間ピラミッドに高級シャンパンをかけているというものです。男性は当初はAIによってつくられた動画だと主張しましたが、後に事実と認めて謝罪しました。たしかに驚くような内容の映像ですが、私が気になったのは動画そのものではありません。その話題が何日もSNSを埋め尽くし、怒る人、笑う人、解説する人でタイムラインがあふれ、ネットメディアにも飛び火しさらに拡散していったことです。

ここで批評家の東浩紀さんの「みんな正気を失っている」という言葉が頭をよぎります。

東さんがそう言ったきっかけは、都知事選で健闘し新しい政党も立ち上げた石丸伸二さんが恋愛リアリティ番組に出演し、政治家や学者や編集者たちがその様子をわちゃわちゃと茶化すというネット空間の光景でした。ふざけるのがよくない、という話ではありません。政治がエンタメ的な表現をとること自体は必ずしも悪くない。問題は、何を実現したいかより、どれだけ注目を集められるかという競争に、政治家も、メディアも、視聴者も含めた全員が巻き込まれていることです。こうした現象の背景にあるのが、いわゆるアテンション・エコノミーです。人々の関心そのものが経済的な価値を持つ時代に、関心を集めることが目的化し、手段と目的が入れ替わってしまっている。石丸さんの政策や主張より、恋愛番組でのキャラクターや話題性の方が注目を集める。そして、その注目を呼ぶ企画がまた作られる。このように政治もまた、アテンションをめぐるゲームの一部になってしまうのですね。東さんの言う「正気」とは、そのゲームから少し距離を取り、本当に大事なことは何かを考える力のことなのかもしれません。

こうした違和感は日本だけのものではありません。全く別の立場から、アメリカでも似た問題意識が語られています。データ分析企業パランティアのアレックス・カープCEOが著書『テクノロジカル・リパブリック』でこう書いています。「とめどなく出現するアプリやゲームや動画共有のためのプラットフォームには途方もない量の資金と能力が投じられているが、しょせんは人畜無害の気晴らしに過ぎない。その一方で、もっと重要と思われるプロジェクトが犠牲になっている」と。

カープが怒っているのはGoogleやApple、Metaといった巨大テック企業のことです。これらの企業は国家の恩恵を受けて成長した以上、社会的な使命を担うべきなのに、莫大な利益をショッピング体験や動画共有やゲームにばかり注ぎ込んでいる。価値観が衝突するような社会課題にコミットすれば批判されるかもしれない。そのリスクを避けることが、いつしか合理的な選択になってしまっている。カープはその空気を「信念の喪失」と呼びます。ただ、カープ自身の答えは軍事産業との積極的な連携です。そこは素直に頷けません。技術者が本気で社会課題に関わろうとするなら、宇宙開発や気候変動、医療といった方向もあるはずです。問題の立て方には共感しても、答えはまた別の話、というのが正直なところです。

再生数、インプレッション、バズ。それらは本来、何かを届けるための手段だったはずです。ところがSNSでは、注目を集めたものがさらに広がります。すると、よく考えられた意見より、怒りや笑いを誘う言葉の方が目立ちやすくなる。静かに考えるより強く言い切る方、丁寧な説明より短く刺激的な方が広がる。そういう環境では、個人も組織も、だんだんそのルールに合わせて行動するようになります。

だから、個人を責めるだけでは問題は解けません。政治家も、メディアも、企業も、そして私たち自身も、このゲームの参加者です。注目を集めるものに反応し拡散することで、気づかないうちに同じルールに従っている。でも同時に、何が広がり何が埋もれるのかを決めているのは、プラットフォームの設計でもあります。人々の関心をどう集め、どう配分するのか。その仕組みが、私たちの判断基準を少しずつ変えているからです。ネットが私たちの正気を失わせ続ける場所になるのか。それとも、もう一度、大事なことに注意を向けられる場所になるのか。プラットフォームの設計を誰がどう規律するのかという問いを、正面から考える必要があるのだと思います。

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