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医療の未来シリーズ #5 地域医療再設計論 ──2040年の地域医療をどうつくるのか②

第2章 地域医療とは「点」ではなく「つながり」である ―Community-based ecosystemをどう理解するか― 

自宅へ戻った後のAさんの生活を支えたのは、一つの医療機関ではありませんでした。
手術後の経過を確認する整形外科医。
高血圧や糖尿病、骨粗鬆症を管理するかかりつけ医。
自宅での体調や服薬状況を確認する訪問看護師。
歩行能力や住環境を評価し介入する理学療法士や作業療法士。
処方薬の重複や副作用を確認する薬剤師。
自宅での生活状況を見ながら介護サービスを調整するケアマネジャー。
そして、日々の変化を最も近くで見ている家族。。。
それぞれが異なる役割を担っています。
しかし、ここで重要なのは関係する人や施設の数ではありません。
どれほど多くの専門職が関わっていても、情報や判断、行動がつながっていなければ、Aさんにとって一つの支援にはならないからです。

地域医療の質は、「どれだけ多くの医療資源(人も含みます)があるか」だけでは決まりません。それらが患者さんの生活を中心としてどのようにつながり、必要なときに機能するかによって決まります。
高齢者の医療・介護需要が複雑になる一方、それを支える人材や地域資源には限りがあります。
すべての機能を一つの病院に集めるのでも、一人の専門職に委ねるのでもなく、地域にある資源を組み合わせて一人の暮らしを支える。その仕組みをどのように設計するかが、これからの地域医療の重要な課題になります。
高齢化によって長期的な支援の需要が増す一方、介護人材の確保が各国共通の課題になっていることも指摘されています。


「地域連携」とは何を意味するのか

地域医療では、「病診連携」「医療・介護連携」「多職種連携」といった言葉が頻繁に使われます。

病院から診療所へ診療情報提供書を送る。
退院前に多職種でカンファレンスを行う。
訪問看護師がかかりつけ医へ経過を報告する。
薬局が残薬や服薬状況を確認する。 これらはいずれも重要な連携です。

しかし、連携の機会があることと患者さんの支援が切れ目なく続くことは同じではありません。
例えばAさんの退院時に、急性期病院からかかりつけ医へ診療情報提供書が送られたとします。
そこに手術内容や退院時の処方が記載されていても、次の点が明確でなければ支援がつながっているとはいえません。

・骨粗鬆症治療を誰が継続するのか
・鎮痛薬をいつ、どのように減量するのか
・転倒リスクを誰が再評価するのか
・歩行状態が悪化した場合、どこへ連絡するのか
・本人がどのような生活を望んでいるのか

地域連携で本当に必要なのは、情報を「送る」ことだけではありません。
次に何が必要で、誰がそれを担うのか。
変化が起きたとき、誰に相談するのか。
行われた支援が有効だったかを誰が確認していくのか。
こうした行動と責任の流れまで設計されて、初めて支援は患者さんの生活の中でつながります。

WHOが提唱するIntegrated People-Centred Health Servicesでは、統合された人中心の医療を単なるサービスの集約ではなく、人々、医療提供者、保健医療システムの長期的な関係として捉えています。
そこでは、情報だけでなく意思決定やサービス提供そのものを共有することが重視されています。


エコシステムは「連絡網」ではない

Yamasakiらは、日本の医療提供体制を2040年に向けて再設計する方向性の一つとして、日常生活上の機能やウェルビーイングを重視する開かれたCommunity-based ecosystemへの転換を提案しています。

Community-based ecosystemは直訳すると、「地域を基盤とした生態系」です。ただし、ここでいうエコシステムは、医療機関をネットワークで結ぶというだけの意味ではありません。
連絡先の一覧をつくることでも、会議の回数を増やすことでもありません。エコシステムとは、それぞれの構成員が固有の役割を持ちながら、互いの働きによって全体が維持される仕組みです。
一つの組織がすべてを統括するのではありません。病院、診療所、訪問看護、薬局、介護、福祉、行政、家族、地域住民が相互に関係しながら、患者さんの生活を支えます。
この点で、エコシステムは単純な「医療機関同士の連携」よりも広い概念です。

医療機関の外にある住居、交通、家族関係、地域活動、経済状況といった生活条件まで含めて、健康を考えることが重要です。
日本の地域包括ケアシステムも、住まいを基盤として、医療、介護、予防、生活支援を地域で一体的に提供することを目指しています。Community-based ecosystemは、これを固定された制度や施設配置としてではなく、互いに依存し、変化し続ける地域全体の仕組みとして捉え直す考え方だと理解できます。


森の状況は、個々の木をみていてもわからない

エコシステムという考え方は、森を想像すると理解しやすいと思います。
森には大きな木があります。
しかし、木の本数を数えただけではその森の状態がよいのかどうかは分かりません。木を支える土壌があり水を運ぶ川や雨があります。
落ち葉を分解し、栄養を循環させる微生物がいます。
昆虫や鳥が花粉や種を運び、その糞は栄養になります。
日光の入り方や気温の変化も森全体に影響します。
それぞれが別々に存在しているのではありません。
相互に作用することで、一つの生態系が保たれています。

地域医療も同じです。
病院数や病床数、医師数は重要です。しかし、数をそろえたとて地域に暮らす人が安心して生活できるかどうかは分かりません。
病院から退院した人を診療所が受け入れられるのか。
必要な時期に訪問看護を利用できるのか。
夜間や休日に状態が悪化したときの相談先があるのか。
独居の高齢者が通院できなくなったとき、誰が気付くのか。
医療と介護の間で、必要な情報と判断が受け渡されているのか。
こうした構成要素の"間"が機能しているかどうかが、地域医療の強さを左右します。
森が木の集合ではないように、地域医療も医療機関の集合ではありません。


すごく医療の質の高い良い施設があっても、良い地域医療が提供されているとは限らない

ある地域に、高度な医療を高い質で提供する急性期病院があるとします。
診療所も、薬局も、訪問看護事業所もあります。
一見すると、必要な資源はそろっているように見えます。

しかし、それだけで地域医療が機能しているとは限りません。

急性期病院は、退院患者をどの診療所が適切に受け入れるのかを十分に把握できているでしょうか。
かかりつけの診療所は、患者さんが入院したことを知ることができるでしょうか。
訪問看護師に、退院後に注意すべき症状が伝わっているでしょうか。
薬局には、処方変更の理由が共有されているでしょうか。
ケアマネジャーが入院前より歩行能力が低下したことを早期に把握できるようなシステムになっているでしょうか。

たとえ個々の施設が優れていても、十分な情報共有がされていないと患者さんの支援は分断されてしまいます。
地域医療の質は施設ごとに評価するだけでは不十分です。
一人の患者さんが病気になり、受診をする。入院する。治療を受け退院する。自宅で生活するなかで再び状態が変化する。
一連の経過を通して、必要な支援が途切れずに提供されたかを見る必要があります。

どうしても昨今は有名病院や専門医という個々(病院・個人ともに)の視点が強くなりやすい時代です。もちろん経営母体も違いますし、個人の開業医の先生は個人事業主ですから、全体の連携という視点を最初から十分意識している施設は少ないと思います。
こと地域医療を提供するという点においては医療機関ごとの質から、患者さんの経過全体を地域でどういう流れでフォローしているのかというところに視点を移す必要があります。


すべての地域で共通した正解があるわけではない

Community-based ecosystemを考えるうえで重要なのは、必要な仕組みが地域によって異なるという点です。

都市部には、多くの病院や診療所があります。しかし、選択肢が多いからこそ、患者さんが複数の医療機関を受診し、情報や責任が分散しやすくなることもあります。医療資源が多いことが、そのまま切れ目のない医療を意味するわけではありません。

一方で人口が少ない地域では、選択肢そのものが限られます。専門医がそもそも少ない。医療機関や訪問看護事業所の距離が遠い。薬局や介護事業所の担い手が不足している。救急搬送に時間がかかる。公共交通機関が乏しく通院そのものが難しい。
こうした地域では、一人の医療者や一つの施設が担う役割が広くなります。同じ「地域医療」であっても、都市部と地方では、抱えている問題が異なるのです。

そのため、全国一律に同じ施設配置や連携モデルを導入すればよいわけではありません。
必要なのは、その地域の人口構成や疾病構造、地理的な条件、医療・介護人材の充足状況、移動手段、家族構成の傾向、住民の全体的な価値観などを考慮して、地域ごとに仕組みを組み立てることです。

それぞれの地域が、自らの資源と課題を把握し持続可能な形へ組み直すことが必要です。


資源が少ない地域ほど「つなぎ方」が重要になる

医療資源が豊富な地域であれば、一つの機能が不足しても別の組織が補えるかもしれません。しかし、人材や施設が限られている地域では、一つの事業所の撤退や一人の医師の退職が地域全体に大きな影響を及ぼします。

このような地域で必要なのは、すべての機能を地域内に無理にそろえることだけではありません。人口減少、地方の労働人口減少が進んでいる状況下で人材をそろえることだけで解決することは現実的ではありません。

遠隔診療を活用する。
都市部の専門医から支援を受ける。
診療所と訪問看護が役割を分担する。
各専門職の専門性を生かして業務を分担していく。
隣接する自治体と医療資源を共有する。
患者さんを移動させるだけでなく、医療者や情報が移動する仕組みをつくる。 などなど。。。
地域外の資源も含め、限られた機能をどのように組み合わせるかが重要になります。


ただしここで一点注意する事があります。単に業務を別の職種へ移して解決したつもりになってしまわないようにする、ということです。
ほとんどの専門職が不足しているという地域が多いですから、
適当に移管するだけで必要な教育、権限、情報、相談経路を整えず、業務分担が適切かは適宜評価していないと結局破綻してしまいます。
地域医療の持続可能性は、資源を安全かつ柔軟につなぎ直す設計力に左右されます。


"みんなで支える"が責任の空白を生むこともある

地域医療では、「多職種で支える」「地域全体で支える」という表現がよく使われます。
これはたしかに重要な理念なのですが、注意も必要なところでもあります。多くの人が関わることで、かえって責任が曖昧になることがあるからです。

例えば、Aさんの食欲が低下し、少しずつ体重が減ってきたとします。
家族は、「高齢だから仕方がない」と考えるかもしれません。
訪問介護員は、ケアマネジャーへ伝えます。
ケアマネジャーは、次回の訪問看護時に確認してもらおうと考えます。
訪問看護師は、近日中にかかりつけ医を受診する予定だと聞き、診察時に相談されるだろうと判断します。
かかりつけ医は、受診時に体重減少について十分な情報を得られないかもしれません。

全員が何らかの形で関わっていても、誰も問題全体を把握せず、評価が遅れる可能性があります。
このような事態は、誰か一人が怠慢だったから起きるとは限りません。
「誰が情報を集約し、誰が判断し、その後を誰が確認するのか」が十分に検討されていないために起こります。

良いエコシステムには単なる役割分担だけでなく、変化を最初に捉える人、情報を集約する人、医学的な判断を行う人、支援内容を調整する人、結果を確認する人が必要です。
これらを常に同じ一人が担う必要はありません。患者さんの状態や問題の性質に応じて担当者が変わっても、責任の所在と受け渡しが明確であることが重要です。

連携とは、責任を分散させることではありません。
責任を途切れさせずに受け渡すことです。


患者さんを「中心に置く」ということ

地域医療では、「患者中心」という言葉も頻繁に使われます。
ただこの言葉の解釈も注意が必要です。
患者さんを中心に置くとは、単に本人の希望を聞きそれをそのまま実現することではありません。

例えば、Aさんが「できるだけ介護サービスを使わず、一人で生活したい」と希望したとします。
その希望を無条件に受け入れるだけでは、患者中心の支援とはいえません。

転倒リスクや認知機能、服薬管理能力、家族の負担を評価し、どのような支援があれば希望する生活をできるだけ安全に続けられるかを一緒に考える必要があります。
反対に、医療者が安全性だけを重視し、本人が大切にしている生活を一方的に制限することも患者中心とはいえません。

患者中心の医療とは、医療者だけが決めることでも、患者さんの希望を無条件に受け入れることでもありません。

医学的な見通し。
生活上のリスク。
家族・家庭の状況。
利用できる社会資源。
本人が大切にしていること。
これらを共有し、現実的な選択肢を一緒につくっていくことが必要です。
エコシステムの中心に置くべきものは、医療機関でも、特定の職種でもありません。患者さんが望む生活と、その生活を支えるための共通目標です。


情報共有だけでなく「目標共有」が必要である

地域連携では、検査結果や処方内容などの情報共有が重視されます。
もちろんそれは欠かせません。
ただし、情報だけが共有されても、関係者が異なる目標を持っていれば支援は一つにまとまりません。

整形外科医は、骨折部の治癒を目標にするかもしれません。
理学療法士は、歩行能力の改善を目指します。
かかりつけ医は、血圧や血糖の安定を重視します。
家族は、再び転倒しないことを最優先に考えるかもしれません。
Aさん本人は、一人で近所の店まで買い物に行くことを望んでいるかもしれません。

それぞれの目標は間違っていません。しかし、別々に追求されれば支援が矛盾することがあります。転倒予防を優先するあまり外出を控えさせれば、活動量が減り、筋力低下や社会的孤立につながるかもしれません。
一方、自立だけを重視すれば、再転倒の危険性が高まることもあります。

必要なのは、「絶対に転ばないこと」だけでも、「何の制限もなく外出すること」だけでもありません。
どの程度のリスクを本人と共有し、どのような支援があれば、Aさんが望む生活を続けられるのか。
その共通目標をつくることです。

Community-based ecosystemを機能させるためには、情報の共有だけでなく支援の目的を関係者全員が共有することが必要なのです。


地域医療は固定された仕組みではない

生態系は、常に同じ状態を保っているわけではありません。
季節や気候、構成する生物の変化に応じて形を変えながら維持されています。地域医療も同じです。

Aさんの状態が安定している時期には、月に一度の診療と家族の支援で生活できるかもしれません。しかし、認知機能が低下したり、心不全を発症したり、家族が支援できなくなったりした際には必要な医療・介護体制は変わります。

加えて地域そのものも変化していきます。
診療所の医師が引退し閉院する。
訪問看護事業所が新設される。
公共交通機関が縮小する。
高齢者施設が増える。
人口構成や疾病構造が変化する。

一度つくった連携体制が将来もそのまま機能するとは限りません。2040年に向けて必要なのは、完成された一つの制度をつくることではありません。人口や人材、患者さんの生活の変化に応じて、地域が自らの仕組みを更新し続けられることです。

地域医療の再設計とは、一度完成させて終わる事業ではありません。
患者さんと地域の変化を捉えながら、役割と資源を継続的に組み替える営みなのです。 


MTA Healthcare Futures Lab は、株式会社MTA傘下の医療シンクタンクです。 医療制度、病院経営、医療DX、先端医療、医療倫理などをテーマに、「医療の未来を社会全体で考える」ための情報をできるだけわかりやすく発信しています。 ぜひスキとフォローをお願いいたします。

参考文献
・Yamasaki L, Sakamoto H, Hashimoto H, et al. Japan’s health system toward 2040: structural challenges and a renewed social contract. Lancet Reg Health West Pac. 2026.
・World Health Organization. Framework on integrated, people-centred health services. World Health Assembly; 2016.
・World Health Organization. Integrated people-centred care. 
・厚生労働省.地域包括ケアシステム.
・OECD. Who Cares? Attracting and Retaining Care Workers for the Elderly. OECD Publishing; 2020.

【医療の未来シリーズ】
第1回 日本の医療費は本当に高いのか?
第2回 データで見る日本の病院の意外な特徴
第3回 2040年問題とは?──日本の医療はこれからどう変わるのか
第4回 なぜ病院再編が必要なのか──「病院がなくなる」ことの本当の意味
第5回 地域医療再設計論 ──2040年の地域医療をどうつくるのか①
第5回 地域医療再設計論 ──2040年の地域医療をどうつくるのか②
第5回 地域医療再設計論 ──2040年の地域医療をどうつくるのか③