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出雲を巡る⑨・建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)

鹿島神宮、春日大社などに祀られる日本の「武の神」を代表する、とても有名な神「建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」
その強さを物語る伝説としては、やはり出雲の国譲りの際のお話ですよね。
諏訪大社の祭神「建御名方」に圧勝し、事代主を自ら隠れさせた(自殺した)。そして、大国主に出雲大社を建てることと引き換えに、出雲を天照の御子「天忍穂耳命(あめのおしほみみ)」に譲らせた。

そうして、現在では建御雷之男神は奈良の春日大社を経て、茨城の鹿島神宮に納まっています。

さて、この神を伝承通りに見て良いのでしょうか?
もっと言えば伝承だけを見ても、わかる事は「凄い強い神」ってことだけです。
それしかわからないけれど、とても有名で、ヤマト政権の時代より重要な神とされていた「実質、正体不明の神」

では、正体不明の原因は何か?というと、元々日本の神は何個もの歴史や神などを重ねて創られる多重構造を持つことが常です。
その中で、この多重構造を深すぎる、そして重ねたモノの歴史や神が重すぎることが、この神を「有名だけど、正体不明の神」としてしまっています。

まず、その生まれから見ていきましょう。
伊弉冉(いざなみ)は神生みの最後に(なった)、軻遇突智(かぐつち)という火の神を生んだ際に女陰(まんこ)を焼いてしまい、それが元で死に至ったことを伊弉諾(いざなぎ)が怒り、軻遇突智を切り殺す。
その際に、剣についた血から生まれたと言われています。
つまり、その生まれの起源伝承を見れば神世七代(かみよななよ)の神にして、皇室の祖を殺した神の血から生まれた呪われた神であるとも見れます。

少し時間を飛ばしますが、そして出雲の国譲りに手を焼いていた高天原(たかまがはら)が最後に遣わした神が建御雷之男神。
さて、ここからが厄介。
この当時に高天原側にしろ出雲や高天原から見ての敵国にしろ、高天原(中央政権)からすれば同じような「人でなし」と揶揄(やゆ)されていた、人間たちがすることです。
この「人でなし」であるタケミカヅチ(※ここから読みやすくするために武御雷と建御名方の神名をカタカナ表記にします)と、タケミナカタや事代主、大国主の戦争は、本当に、その神同士のモノだったのでしょうか?
また別記事で仕上げます。

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