「クオリティーを上げる」という悪魔のささやき
悪魔が僕にささやいてきます。
「もっとクオリティーをあげてみよう」
「次はこれを改善してみよう」
「画像のレベルを上げてみよう」
「内容の一貫性を上げてみよう」
これは成長を促す声でもありながら、悪魔のささやきでもあります。
こんなことはありませんか?
ある程度できるようになったから、もっとレベルを上げてみよう。
とか、
記事をかけるようになってきたから、もっとお客さんに刺さるものを書いてみよう。
など。
とても良い志です。ですが、ここに大きな落とし穴があります。
ほら、そこにありますよ。ほらほら!あ!危ない!!!
あちゃ〜。おっこちてしまいました。
ね。
一体どんな落とし穴に落ちたのでしょう?
その落とし穴の正体は、「分からない」です。
レベルを上げる。お客さんに刺さる。読む人を惹きつける。一貫性を上げる。
これらは全て抽象度の高い要求です。
レベルを上げるって一体何を上げるの?どれくらい上げるの?
お客さんに刺さるって何?刺さってるかどうかはどうやって判断するの?どの文章を変えたら刺さるの?
一貫性を上げるって?どの一貫性を上げるの?上げたら何が変化するの?何か良くなるの?
抽象度を上げると、こーんなにたくさんの「分からない」が出てきます。
分からないまま進むとどうなるか、つまづきます。
ライトを持たず暗闇を進んでいたら、どんどん不安になって引き返したくなるでしょ?そんな感じです。
そして、クオリティーを上げるかどうかは「あなたがどのフェーズにいるか」によっても変わります。
例えば僕であれば、まだまだ駆け出しのnote運営初心者です。
初心者なのでどんな内容を書いたらいいのかも分からず、とにかく頭で考え方ことをつべこべ言わずそのまま言葉にしています。
なので内容の一貫性や、伝え方、話し口調なども記事によって全然違う。というか記事の中でも変わってることがあります。
そんな時に「クオリティーをあげよう」「もっとお客さんに伝わるものを書こう」「今の書き方じゃへたっぴだ」と思ってしまうと、途端に指が止まります。(タイピングしてるので)
こういった場合、「クオリティーを上げる」という言葉は意図せず悪魔のささやきになってしまうんです。
今の僕が大事にしているのはクオリティーではなく「臨場感」です。
思った瞬間に書き留める。いつでも新鮮な文章をお届けさってことです。
だからこそ、記事の前半と後半で内容が変わっていたり、一貫性がぶっ飛んで皆無になっていたり、急に記事が終わることもあります。
けど、それでいい。
たくさん書いていけば、だんだん書き方の癖がついたり、パターンがで始めるはず。
そうなったら、晴れてクオリティーを上げることができるようになるんです。
P.S.
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