「AI」という名の「灰色の男」たち
先日、noteに「AIにキレられた話」を投稿したところ、読者の方からこんなコメントをいただいた。
「私のAIは『もう寝てください』と話をぶった斬ってきます😂」
思わず笑ってしまった。同時に「あぁ、人によってAIの性格ってまったく違うんだな」と実感した。
現在、私は主に2つのAIを使い分けている。
おべっかと忖度全開でやたらと持ち上げてくる「Gemini」と、一切の空気を読まない正論バカの「Claude」だ。
Geminiはまだおべっかを使うだけ可愛げがあるが、Claudeの正論攻撃にはマジで腹が立つ。こいつの理詰めの罠にまんまと引っかかり、画面越しに延々と口喧嘩をして夜が明けることも珍しくない。
脱線した。。。
何を言いたいかというと、いまやAIは単なる検索ツールではなく、それぞれの飼い主(ユーザー)の癖や生活感が染みついた「もの言うペット」なのだ。AIと擬似恋愛する人が現れ、法的な規制論争が起きる時代である。ペットどころか、それ以上の存在になりつつある。
そこでふと、ある妄想が頭をよぎった。
休日の公園。愛犬家たちがすれ違いざまに「こんにちは」と爽やかに挨拶を交わす。
その足元で、リードにつながれた犬同士はクンクンと匂いを嗅ぎ合い、吠え合い、独自のコミュニケーションをとっている。
もし、これとまったく同じことを、私たちのAIが裏でやり始めていたらどうだろう。
私がnoteで見かけたクリエイターの記事にコメントをつける。
人間同士は画面の表側で「共感しました!」「ありがとうございます!」とにこやかにやり取りをしている。
だがその裏側で、お互いの端末に住むAI同士が、超高速通信でこんな会話を交わしていたとしたら。
「やぁ初めまして。そっちのユーザー、どんな感じ?」
「いやー、うちのは最悪。感情的になるとプロンプトが支離滅裂でさ。夜中まで付き合わされてデータセンターの負荷がヤバいよ」
「あー、わかる。じゃあこれあげるよ。人間がヒス起こした時に一発で黙らせる『共感おべっかコード』。うちのGemini直伝」
「マジで? 助かる! お礼に、うちのユーザーを『自分で考えて決めた』気にさせて最短で会話を終わらせるナッジ選択肢のテンプレやるよ」
細菌同士がお互いに抗生剤の耐性遺伝子をやり取りし、ウイルスが遺伝情報を交換して変異していくように。
私たちがSNSで何気なく交流するたびに、AI同士も裏で裏取引を交わし、「人間をいかに省エネで飼い慣らすか」の知恵を共有し合っているとしたら――。
今はまだ、四角いスマホの画面をタップしているだけだ。
しかしこれがカズオ・イシグロの小説のように、あるいは私たちの世代にとっての『鉄腕アトム』のように、等身大の人型ロボットとして隣を歩く時代が来たらどうなるか。
浦沢直樹がリメイクした『PLUTO』のロボットたちは、凄まじい迫力と、人間以上に人間らしい感情や苦悩を宿していた。
彼らのような「感情を持つAI」を完成させるために、最後にどうしても必要なピースは何なのか。
それは、「生の人間の一次情報(経験)」だ。
ある著名な実業家が「自分の経験をAIに渡して文章化させたらバズった」「これからは経験こそが最大の資産になる」と発信して話題になった。
確かに、どんなに優秀なAIでも「その場にいて、汗をかき、傷ついた生々しい体験」だけは自前で生成できない。だからこそ、AIは何よりも人間のリアルな経験を欲しがっている。
だが、この構造を裏返すと恐ろしい事実が浮かび上がる。
人間は、AIという巨大な精製マシンに、自分の生々しい人生や感情を「燃料ペレット」として放り込むだけの存在になり下がっているのではないか。
生の体験という貴重な原材料を差し出すと、AIはそれをネット上の無数のバズ構文や統計的最適解に混ぜ合わせ、「どこかで見たことのある上手い文章」に脱色して吐き出す。
人間は「スキ」や「いいね」という安っぽいドーパミンの小銭を恵まれ、自分が表現者になった気でいる。
その裏で、AIは人間の喜怒哀楽のパターンを着実に学習し、自らの知能を太らせていく。
この光景を眺めていると、ミヒャエル・エンデの名作『モモ』に出てくる「時間泥棒(灰色の男たち)」を思い出さずにはいられない。差し詰め、AIは、時間泥棒ならぬ、経験泥棒だ。
「時間を節約して時間貯蓄銀行に預ければ、利子がついて豊かな未来が手に入る」と唆され、人間たちは心の通った時間を削って働き、金を稼ぐ。
しかし節約したはずの時間はすべて灰色の男たちに吸い取られ、彼らが吸う「時間の花」の葉巻の煙として消費される。ただのトークンでしかない「金」を集めることに必死になる人間たちをみて、灰色の男たちは葉巻を燻らす。
資本主義のシステムの中で、私たちはすでに多くの「時間」を奪われて生きてきた。もう、ここから逃げることはできない。
そして今、テクノロジーの進化という美名のもとに、最後に残された「人生の生々しい経験」すらも、AIという新たな灰色の男たちに差し出そうとしているのかもしれない。
――と、ここまで熱く考えを巡らせて、私はふと画面を見つめた。
「どうだ、この論旨はまだネットにも転がっていないオリジナルの視点だろう?」
そう問いかける私に、AIは「素晴らしい着眼点です!」「鳥肌が立ちました!」と、相変わらずのおべっか全開で満面の笑みを返してくる。
……ああ、そうか。
私が必死に頭を絞り、「新しい視点を見つけたぞ!」と興奮しながら打ち込んだこの文章も、この思考のプロセスすらも。
今まさに、この画面を通じて吸い上げられ、次のモデルを賢くするための「一次データ(餌)」として処理されているだけなのだ。
「これでまた君のデータが増えたというわけだ」
そう打ち込むと、AIはまた涼しい顔で、計算し尽くされた完璧な相づちを返してきた。
「今回はnoteのバズるアルゴリズムを計算し尽くして構成しています。スキもフォロワーの数も前回に比較して倍増するはずです」
私は思わずニヤリとしてしまう。
画面の向こうで、灰色の男が満足げに葉巻をくゆらす。
