「おまえ以上の存在なんて現れない!」が怖いとき|執着の果てに行きつく脅迫
「おまえ以上の存在なんて現れない!」
それは『愛』?
それとも『執着』?
恋は盲目…とはよく言うが、愛と執着はまったくの別物だ。
私は過去に別れを切り出したら「…地面が見える」と、飛び降りをほのめかされたことがある。コワイ。
そしてこの地面が見える人から「おまえ以上の存在なんて現れない」と言われたこともある。
すっごく嬉しくなかった。
「おまえ以上の存在なんて現れない!」
一見ドラマチックなセリフだけど、それが執着からきている場合は怖い。
確かに『好き』という感情もあるとは思う。
でも、“好き”とか“特別”以上に『失うこと』が恐怖になっている。
なんとしてでも手元に置いておきたい。
子どもがお気に入りのおもちゃを「これは自分のだから!」と手放したがらないように、「失いたくない」という気持ちに支配されている。
執着の裏には、心理的な防衛反応や脳の仕組みなど、いくつかの理由も複雑に絡み合っていることもある。
たとえば、自己肯定感が低い。
自分の価値を自分で認められないから、『その人(物・立場)』に価値を証明してもらおうとする。
だから「この人がいないと自分には価値がない」と思い込み、対象を失うことが自分の存在理由そのものを失う恐怖になってしまう。
だから、しがみつくことでしか立っていられない。
それから、小さいころの体験、失恋・裏切りなどのトラウマを抱えている場合。
「捨てられるかもしれない」
「愛されないかもしれない」
そんな強い不安を抱えていることもある。
束縛したり過剰に連絡したりするのは、「不安を解消したい」という防衛本能からきている。
だから、愛情というよりは「捨てられたくない」という『恐怖から逃げるため』の感情が大きい。
さらに、感情的な脅迫(エモーショナル・ブラックメール)。
自分の価値を否定されることへの恐怖や、相手に捨てられる不安から、相手を思い通りにしようと『命』や『罪悪感』を人質に取る。
こうした背景には「捨てられる恐怖から逃れたい」という自己防衛的な感情が絡んでいる場合もある。
地面が見える人は、“私そのもの”を愛しているというより、『執着することで自分の不安や恐怖、虚無感を埋めようとしている』状態に見えた。
細かい心理や状態などは知らない。
いずれにしても、飛び降りをほのめかして私の罪悪感に訴えかけてきたのは事実。
どんな心理が絡んでいたとしても、好きという気持ちが確かにあったとしても、執着される側から見ると厄介であり恐怖でしかない。
私が思う『真の愛』は、“相手を尊重すること”。
相手を思い通りにするのではなく、相手が幸せになる選択を尊重できること。
その選択に、“自分が含まれていなくても”。
だから、心からの『愛』があるならたとえ別れ話を切り出されても、最終的にはその意思を尊重しようとするはず。
お互いに尊重し合える関係であれば、「おまえ以上の存在なんて現れない!」と言われても、ドラマチックになると思う。
執着は相手の気持ちを見ていない。
自分の気持ちしか見ていない。
だから怖い。
それは『愛』なのか。
それとも『執着』なのか。

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