「なんでもいいよ」って本当になんでもいいの?|私はから揚げがよかったのに
「なんでもいいよ」
「どっちでもいいよ」
これは果たして親切なのか。
それともめんどうなだけなのか。
私は息子によく言われる。
「晩ご飯なにがいい?」
「なんでもいい」
「これとこれどっちがいい?」
「どっちでもいい」
息子の場合は本当になんでもいいことが多い。
それと私がまだ子どものころ、母に「晩ご飯なにがいい?」と聞かれ、「から揚げ」と答えたことがある。
すると晩ご飯はから揚げでもなんでもなく、“チャーハン”が出てきた。
聞かれた意味は、あったのだろうか…。
「なんでもいい」
「どっちでもいい」
同じ言葉でも、人によってその裏の心理は違う。
① 本当にどっちでもいい
② 相手に合わせたい
③ 選ぶのが面倒くさい
④ 自分の希望を言うのが苦手
⑤「あなたが決めて」と責任を渡す
⑥「あなたの好きなほうを知りたい」
ほかにもあるかもしれない。
めんどうだし選択への責任も負いたくない。
なにを選ぶのか興味はあるけど自分の希望もある。
いろいろ混ざってることもあると思う。
そして「なにが(どっちが)いい?」と“聞く側”にも言える。
考えるのがめんどうだから聞く。
責任を負いたくないから聞く。
希望を知りたいから聞く。
たとえば、“から揚げ”って言ったのに“チャーハン”を作る私の母。
母に聞く意味があったのかを聞いたら、「参考にはしてる」と言われた。
一応なにを望んでいるかは知りたい。
でも、
実際に作るのがめんどうだった
冷蔵庫にある食材との兼ね合い
実は自分がチャーハンを食べたかった
労力や冷蔵庫事情と相談した結果、私の“から揚げ”はないことになった。
「なんでもいい」だけじゃ、なにを考えているかまではわからない。
せっかく決めたのに、文句なんか言われたらイラッとする。
「なんでもいい」は自由を与えているようにも見える。
でも選択肢が多いときは、決める側に負担がかかることもある。
しかも、「本当にそれでいいのかな?」という確認まで背負うことになる。
“相手の許容範囲がわからないまま選択の責任だけ渡される”ことがあるから余計に困るのかもしれない。
だから、「ピーマン入ってなければ」「どれでも楽しめるから」などの条件が入っていれば、ただ丸投げされた気はしないかも。
なんの条件もなく「なんでもいい」と言われるなら、「文句は言わないから、あなたが決めていいよ」もセットになっているとうれしい。
それなら、「なんでもいい」と言われる側も少し選びやすい。
我が家の場合、息子は本当に「なんでもいい」と思っている。
でも私は“選んでほしい”。
「なんでもいいは困る!」
そう言っても、それでも選べないと言う。
「麺と米ならどっち?」など『消去法』を使っていく。
てきとうな紙に選択肢を書いて『くじ引き』をする。
2択の場合は、息子が勝ったら〇〇、負けたら△△の『じゃんけん』。
どうしても私が選ぶのであれば、決定に文句はなしということで私の好きなものを選ぶ。
「なにがいい?」と聞かれるときも、本当に知りたいのか、めんどうなだけなのか。
聞いたからにはその答えを尊重してほしい。
なぜなら…から揚げが無視されて、悲しかったから。

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