飽きたけど『最終巻』は読みたい|キャラクターへの『愛着』が残る理由
まだ完結してないのに「もういいかな…最終巻だけ読もう」ってなるバトル漫画に出会うことがある。
途中からなんとなく惰性で読み続け、ストーリーそのものへの興味はすっかり薄れ…
なのに、結末だけは知りたいから「最終巻だけは読みたい」。
私はそう思いながら脱落することがある。
これを勝手に『最終巻だけ読めばいいや症候群』と名付けた。
だけど不思議なのは、脱落しても『キャラクターへの愛着だけは残る』こと。
なぜこうなるのか。
世界のマップ・新しい勢力・裏設定…どんどん付け足されていく。
これは、『拡散型』の漫画。

序盤から中盤にかけて、凄まじいワクワク感があるタイプ。
でもこの構造はストーリーが『横』に広がり続ける。
だからゴールが遠ざかっていくように感じられる。
そうしていよいよ、ただの『引き伸ばし』にしか見えなくなる。
「いつまでも話が進まない…」って思う作品はだいたいこれだった。
結果的に同じことの繰り返しになってきて、飽きる。
逆に、世界が広がっているように見えても、最初に提示された大きな謎や目的に向かって確実に核心へと突き進む。
これは、『収束型』の漫画。

新しいキャラクターや能力が登場しても、“無駄な横道”に逸れることがない。
余計な引き延ばしがなくて、常に新鮮なワクワク感を持って読める。
興味や好奇心を薄れさせない。
いつしかバトルそのものが『目的』みたいになる漫画がある。
「…なんのために戦ってるんだっけ」
もはやなにを見せられているのかわからない。
もうストーリー進行ではなく、『システムの消化作業』に近い。
トーナメントやイベントの“ノルマ”を、ただ上から順番に片付けているだけに見える。
そのバトルに関しても、最初はシンプルなのに徐々に『概念バトル』や『極限の心理戦』へとシフトして、度を越していくことがある。
急に付け足された条件やルールを延々と説明される
世界の基本ルールがどんどん上書きされる
都合のいい突然の強さの連続で後出しジャンケンのような応酬が続く
こうなると『複雑なルールの矛盾探し』をさせられているような気分になる。
要はもう“都合のいい展開”ばっかり。
結果、ついていけなくなる。
飽きない漫画のバトルは、あくまで『ストーリーを前へ進めるための手段』。
戦いに勝つことで新しい情報が手に入る
キャラクターの関係性が変化する
世界の状況が変化する
だからバトルそのものも楽しむことができる。
新しい力が登場したとしても、必ず納得できるだけの『対価』が支払われる。
その力を得るための『苦労』や『覚悟』を一緒に体験しているから納得感が大きい。
ルールが増やされることもない。
『最初に提示した基本ルール』をどこまでも深く応用する。
基本ルールが変わらないからこそ、混乱も起きない。
1ミリも匂わせられてなかった突然の“必殺技”とか出てこない。
だから、『キャラクターの発想の勝利』を純粋に楽しむことができる。
私が漫画を読み続ける最大のモチベーションは『キャラクターへの愛着』。
一生戦い続けていようとストーリーが進まなかろうと、キャラクターへの愛さえ冷めていなければ、だいたいその漫画を追い続ける。
愛着が湧くキャラクターには、深く感情移入していることが多い。
ストーリーの中で変化するキャラクター同士の関係性を見るのが楽しい。
単体でもよくて、単純に「キャラクターの行く末を見届けたい」と思えるかどうかが重要。
私はバトルより『キャラクターの関係性や行く末』を見たい気持ちが強いのかも。
飽きてしまう漫画では、キャラクターが物語を盛り上げるための『パーツ』として扱われることがある。
衝撃的な展開を作るためだけに“キャラクターの命が雑に扱われる”。
その挙句に愛着があるキャラクターが殺されでもしたら、興醒めする。
そうして脱落する漫画もある。
殺されなくても、キャラクターが埋もれてしまうことがある。
キャラクターが増えすぎることで余計な話が増える
興味がなくなってしまった展開を延々と繰り返される
こうなると、『愛着のあるキャラクターの話になかなか辿り着かない』。
「もう少しであのキャラクターの話になるかも」
などと期待して読み続けることもあった。
でも、いつまでも気配を感じられない。
すると、愛が冷めたわけではないのにキャラクターまでの『導線』を
絶たれたような気持ちになってきて脱落。
それでも、『キャラクターへの愛着』だけは残り続ける。
いま、“好きなキャラクターの過去編”が連載されている。
すると、「読みたい」と思う。
全体を追う気力はない。
でも、気になっている部分だけは贅沢に『つまみ食い』したい。
もう全体的には興味が薄れているはずなのに、そのキャラクターの情報だけは追いたい。
これはなんでなのか?
ストーリーよりキャラクターのほうが自分の『感情』と結びついているからだと思う。
きっと私の中では、ストーリーは『情報』という位置づけで、キャラクターよりも重要視してないんだと思う。
情報はいずれ薄れていきますが、感情は長く残る。
だから、ストーリーを忘れていても愛着のあるキャラクターの話が連載されると読みたくなる。
それは漫画の続きを追いたいというより、「好きな人の近況を知りたい」感覚に近いものがあるかもしれない。
・構造
・バトル
・キャラクター
どれかひとつが肥大化しすぎるか絡み合った結果、『もう最終巻だけ読めばいいや症候群』を起こす。
『気になる要素(主にキャラクター)を残しながら』漫画を離脱すると、『結果は知りたい』状態。
「どんなエンディングを迎えた?」
「好きなキャラクターはどうなった?」
「結局、だれが生き残った?」
これらの『答え合わせ』だけはしたい。
逆に、ストーリーの『最終目的』がもうわかっていてキャラクターに愛着もそんなに湧かないときは、最終巻すら読まないこともある。
飽きない漫画たちは、どれだけ巻数を重ねても決して『確認作業』に移行させない。
常に物語の焦点を絞り込み、バトルの目的を明確にし、キャラクターの心を丁寧に描き続ける。
常に続きが気になる状態を保ってくれる。
私が飽きちゃった漫画でも飽きずに読み切った人もいるだろうし、逆もあると思う。
もちろんストーリーが練られていれば、ストーリーにも興味はある。
でも結局私の場合は、ストーリーよりもキャラクターに感情を預けて漫画を読んでいるんだと思う。
だから漫画から脱落してもキャラクターへの愛着だけは残る。
最終巻だけ読みたくなるのも、その人たちの結末を見届けたいから。
バトル漫画の長期連載は作者と読者の果てしない知恵比べであり、信頼関係の綱引きだ。
…漫画家ってすごいね。

『他の記事もちょっと読んでみてもいいよ』と思ってくだされば、こちらの地図から気になる記事を探してみてくださいね。
いいなと思ったら応援しよう!
うっかりチップをいただけると大喜びです。