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「なにもしてないのに疲れる」の“なにも”ってなに?|なにかしないと疲れちゃダメ?

「今日なにもしてないのに疲れた」

そんな日は…毎日すぎる

たとえば、ある一日。

朝起きて、
ご飯を食べて、
スマホをみて、
ゲームをして、
ちょっと動画を観て。

気付いたら夕方。

重たいものを運んだわけでもない。
何時間も歩いたわけでもない。
仕事をしたわけでも、勉強をしたわけでもない。

そんな日でも、「なんか疲れた」と思う。


でもよく考えてみたら、なにもしてなくはない。
朝起きて、ご飯を食べて、スマホをみて。

少なくとも、“なにか”はしている。


でも「なにもしてない」と言う。
これはたぶん、「疲れるほどのことをした」という基準があるんだと思う。

  • 仕事をした

  • 勉強をした

  • 運動をした

  • 掃除をした

  • 出かけた

  • だれかと会った

こういうもの。

「そりゃ疲れるわけだ」と納得できる。


  • 家にいた

  • スマホをみていた

  • ゲームをしていた

  • 動画を観ていた

  • ソファでぼーっとしていた

こういう日は「今日はなにもしてない」になりやすい。


仕事をしている間は『なにかしている』。
ゲームをしている間は『なにもしていない』。

でもゲームをしてるときだって画面をみて、操作して、次にどうするか考えている。

スマホもそう。
スマホを開けばいろんな情報が飛び込んでくる。

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  • 動画

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  • 写真

  • メッセージ

“ただみているだけ”ではない。

「おもしろい」
「すごい」
「嫌だ」
「怖い」
「欲しい」

こんなふうに、いちいちなにかを感じているはず。

場合によっては、返信するかどうか、欲しいものを買うかどうか、頭の中でそんな小さな判断までしている。

そう、最近でいえば息子が欲しいと言う『懸垂機』はどれがいいか。
レビューみたりネットみたりして、ずっと吟味していた。

はたから見れば、ソファに座ってスマホをみているだけ

でも本人の中ではいろいろ起きている。

  • 情報を受け取る

  • 判断する

  • 感情が動く

  • 次の情報を受け取る

『スマホをみていただけ』でも、意外と「なにもしてない」とは言い切れないのかもしれない。


「なにも考えずにぼーっとする」

これなら『なにもしてない』ことになるかもしれない。

でも、なにもしないって意外と難しい。

なにも考えないようにしても、昨日のことや明日の予定、昔のどうでもいい記憶が急に呼び起こされたりする。

私なんかは常にナックルが思考を巡っている。
どうやって異世界転生を果たすか常に考えている。


頭の中は、「休んで」と言っても勝手に動くことがある。

体はソファに座っている。
でも頭の中では、いろんなことが行ったり来たりしている。

だから、『体が動いていない=なにもしてない』とは限らない。

なにもしてないようでいて、日常ではかなりの数の『選択』をしている。

もう少し寝るか、もう起きるか。
着る服。
食べるもの。
買うもの。

ひとつひとつは本当に小さなこと。
だから「今日はなにしてた?」と聞かれても、わざわざ数えない。

でもその日の終わりには、小さな選択が大量に積み重なっている

そして『選ぶ』というのは、少なくとも頭の中ではなにかを処理しているということ。

それなのに、「今日はなにもしてない」とひとことで片付けてしまう。
なんだか、自分の一日をかなり雑にまとめている。


「なにもしてないのに疲れた」という言葉には、ちょっとした罪悪感が混ざってる気がする。

「なにもしてないのに疲れるなんて…」
「なんか時間を無駄にしたかも…」

そんなふうに思ってしまう。

仕事をした。
運動した。
忙しかった。

それなら疲れてもいい。

でも、目に見えて疲れるようなことをしていなければ、「なにもしてないから疲れちゃいけない」となる。

本当にそうなのか?
疲れることと、外から見える『頑張った量』って比例するのか?

同じ一日を過ごしていても、

なにを考えていたか。
なにを気にしていたか。
どんな情報を受け取ったか。
どれくらい選択したか。
どんな感情が動いたか。

そういうものによって、疲れ方は変わる。

たとえ一日中家にいても。

メッセージの返信をずっと考えていたら、疲れるかもしれない。
明日の予定が気になっていたら、頭が休まらないかもしれない。
SNSをみて知らない人の言葉にモヤモヤしていたら、それだって気持ちは動いている。

外から見れば「ずっと家にいたじゃん」かもしれない。
でも、本人の中ではずっとなにかが動いていた。

だから「今日はなにしてた?」だけでは、その日の疲れを測れないと思う。


「今日はなにもしてない」

そう言った日のことを、もう一度思い返してみる。

朝起きた。
スマホをみた。
ご飯を食べた。
だれかのメッセージを読んだ。
なにかを選んだ。
なにかを考えた。
なにかを感じた。
なにかを気にした。

そして、疲れた。
そして、ナックルで充電する。

そう考えてみると「なにもしてない」の“なにも”って、ずいぶんたくさんある

この“なにも”は、本当になにもない時間ではなく、自分では『なにかをしたと認めていない時間』なのかもしれない。


わかりやすい理由がなくても、疲れることはある。
そう、だから私は毎日疲れている。

人間は体だけで生きているわけではない。

考えて、
選んで、
感じて、
迷って、
気にして。

外から見えないところでも、ずっとなにかをしている。

だから今日「なにもしてないのに疲れたな…」と思っても、案外その“なにも”の中に、今日一日分のいろんなものがぎゅうぎゅうに詰まっているのかもしれない。



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