「いい歳して恥ずかしい」って、なにを根拠に?|年齢で好きなものを諦める必要はある?
「いい歳して恥ずかしい…」だと?
私は髪型をマッドマギーにするって言ったら、父に「いい歳して恥ずかしい」と言われた。
マッドマギーの髪型は、サイドをガッツリ刈り上げたソフトモヒカン風のオールバック。

…マギーちゃん、56歳だよ?
ゲームのキャラクターだけど、かっこいいよ?
父、失礼極まりない。
いい歳って、20代で言われることもあれば、30代、40代、もっと上の場合もある。
言う人によって『いい歳』の基準が違う。
この“基準”はテレビや周囲の人たち、社会の空気から刷り込まれたもので、これを『自分の価値観』にあてはめて人の言動を振り分けている。
と、思う。
たとえば、
ゲームが好き
アニメが好き
推し活している
派手な髪をしている
お金をあるだけ使っちゃう
お行儀がよくない
言動が“年齢相応じゃない”と思ったとき、「いい歳して恥ずかしい」と言う。
「こうあるべき」という思い込みがあったり、自由にしてる人を見て無意識に嫉妬している可能性もなくはないし、「こんなんじゃ本人が恥ずかしい思いをする」と思って心配してくる場合もある。
本当に『恥ずかしいこと』って、年齢と関係あるんだろうか?
たとえば、
40歳でもゲームを楽しんでいる
40歳で他人を見下して平気でウソをつく
どっちが恥ずかしい?
もし“恥ずかしいこと”に意味があるなら、年齢は関係ないと思う。
人を傷つける
誠実さがない
人を不快にさせる
など、“人としてどうなのか”と思う言動こそが『恥ずかしいこと』なんじゃないかな。
とは言え、いくら好きでも、
グッズを集めすぎて家族が困っている
ゲームばかりで仕事や家事がおろそかになる
会社や学校の規則に反している
など、度を超えるのはよくないと思う。
でも、何歳になっても好きなものは好き。
新しいことに挑戦する。
これらは必ずしも、年齢だけで『恥ずかしいこと』にはならない。
むしろ年齢を言い訳にして諦めてしまうと、長い目で見れば人生を狭めてしまう。
相手にどんな気持ちがあろうとも、「いい歳して恥ずかしい」と言われるといい気はしない。
イラッとしたり傷ついたりする。
この髪型にしたい
ゲームが好き
ぬいぐるみが好き
アニメが好き
グッズを集めるのが好き
これら全部、その人の“好き”。
でもこれに対して「いい歳して」まで付けられると、「そんなものをいつまでも好きなのはおかしい」と、人格まで否定されたような気分になる。
そして、「危ないから」とかなら理由がある。
でも「いい歳して」だと、理由が曖昧すぎる。
“年齢”だけで判断されると『〇歳になったらこれは禁止』と言われているような気分にもなって、納得できない。
髪を染める
ゲームをする
グッズを集める
それ自体は悪いことじゃないはずなのに、否定されると“悪いことをしていないのに責められている”ような、理不尽を押し付けられている気分になる。
結局のところその人の価値観ではかられているから、納得できない。
私は父に指摘されて「さすがにダメなのかな」と、自分にブレーキをかけた。
でも、どんな自分だっていいと思う。
だって剃り込み入れて、だれに迷惑かかるんだ?
だから私は髪の毛剃り込んだ。
だけど小心者だから父に剃り込んだことは言ってない。
髪をおろしてれば剃り込みは見えないから、今のところ父にバレていな…い。たぶん。
夏は涼しく、冬は寒い。
人それぞれの“いい歳して”があるから、私も見る人から見れば「いい歳して恥ずかしい」のかもしれない。
逆に私から見ても「すごいな」と思うくらい、“自分の好き”を貫いてる人を見ることもある。
でも、わざわざ口を出したりしない。
むしろ、その貫く姿勢に感心すら覚える。
それは「だれかを不快にさせているのか」
それとも「だれかの価値観に合わないだけか」
もしだれにも迷惑をかけていないのなら、「いい歳して」という言葉だけで好きなものを諦める必要はないと思っている。
▼『普通の基準』ってなに!?
▼『ルール』ってなんなの?いるの?

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