白銀の世界に現れた“ムートンブーツ”で私の思い込みは崩壊|世間のスピードと自分のペース
「みんなと同じものを持つのが嫌」
「流行りに乗りたくない」
そう思うことがよくあった。
“流行りが嫌い”
でも、そうじゃなかった。
ある日突然欲しくなったムートンブーツのおかげで、“流行りが嫌い”だったわけじゃないことが判明。
中学生のころの私には、憧れの女子高生ファッションがあった。
制服×ローファー×ナイロン生地の四角いバッグ。

道行く高校生を見て憧れた。
だから、高校生になったら絶対にそれらを使うと決めていた。
そして高校生になった私は、夢を叶えた。
でも、冬にはどっさり雪が積もる。
すると女子はまるで示し合わせたかのように、こぞって『ムートンブーツ』を履き始める。
しかもみんな“ベージュ”。
見渡す限りのベージュ、ベージュ、ベージュ…。
私はそんな『流行り』に絶対に乗りたくなかった。
もはや『ムートン』じゃない『ブーツ』すら履かないことにした。
そうして私は高校3年間を、『ローファー』で登下校してやった。
でも、バッグやローファー…
これらもムートンブーツと同じく『ほとんどの人』が持っていた。
いわゆる『定番アイテム』であり、その当時の『流行り』でもある。
でも嫌悪感はなかった。
不思議すぎる。
アパレルショップにも『流行り』のデザインが並ぶ。
私は“黒”が『好き』。
けどその年の流行によっては、黒がラインナップされない。
せっかく好きなデザインだったけど、黒がいいから買わなかった。
「流行りばっかりもういいよ!」
とか思っていた。
でもこれは、黒があったら買っていたに違いない。
『流行り』のデザインなのに。
ということは、『流行りが嫌い』なわけじゃない。
なのになんでムートンブーツだけは頑なに履きたくなかったのか…。
たぶん私は『自分で選んだ・自分で好きだと思えた』という感覚が欲しい。
バッグやローファーは“自分の意思で選んだ”感覚があった。
だからみんなが使っていても、気にならなかったのかも。
でもムートンブーツは、『みんなが履いてるから履くもの』に見えていた。
『好き』だと思っていないものが大量に押し寄せてくると、自分も染まらなきゃいけない気がしてくる。
今もそんな感覚がある。
人と同じ
流行り
定番
これらが嫌なわけではなく、『押し付けられてる感じ』がイヤ。
ムートンブーツは“ムートンブーツ自ら”私の前に現れた。
だから自分で選んだ感覚が『ない』。
冬になって、急に大量に視界に押し寄せてきたのだ。
でも客観的に見ればローファーもバッグも含めて、全部『外から来た刺激』だ。
だけどムートンブーツだけは、私の“気持ち以上の速さ”で現れた。
だから、『拒絶』することで自分の感覚を『守った』のかも。
高校を卒業して数年後の冬。
私の目の前には『ムートンブーツ』が並んでいる。
ムートンブーツを猛烈に履きたくなった。
そのときは見向きもしなかったのに、時間が経って急に気になることもあると思う。
なにかを好きになるまでには、自分のペースっていうものがあると思う。
最初は興味がなくても、何度か見かけるうちに気になったり。
なんとなく手に取ったら好きかもと思ったり。
結局好きになることもなく、興味がないままのときももちろんある。
でもそうやって、少しずつ気持ちが育つことがあると思う。
「これ流行ってるよ!」
「みんな持ってるよ!」
「絶対こっちがいいよ!」
気持ちが育つ前にこうして押し寄せられると、なんか気持ちが離れていく。
もしかしたら好きになっていたかもしれないのに。
でも、あとからだんだん気になり始めたりする。
まるで『押してダメなら引いてみろ』みたいな。
『好きじゃない人』から毎日アプローチされて『冷めていく』感じと似てる気がする。
相手や物が悪いわけじゃなく、タイミングと距離感が合ってないだけなのかも。
実はムートンブーツは、高校生のころから『気にはなっていた』のかもしれない。
向こうから来なくなったことで、ようやくムートンブーツそのものを見ることができたんだと思う。
私はただ、『これが好き』という気持ちは自分で見つけたいだけだった。
私の流行りは、私が決めたい。
だれかのタイミングではなく、自分のタイミングで「好き」を選ぶ。
自分のペースを守って、世間のスピードに急かされない。
そうして『自分の流行り』は自分で決めたらいいと思っている。

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