『窮屈なまま続ける友達関係』は必要なのか?|友達を減らして実感したこと
一緒にいると疲れる。
一緒にいても楽しくない。
なのに、なんでか合わせて付き合いを続けている人。
自分を好いてくれる友達は大事にしないといけない。
私はずっとそう思っていた。
けど、悟った。
「合わせすぎると疲れる」
私は離婚をきっかけに、「なんか合わない」と思う人からどんどんフェードアウト。
離婚は関係なくない?と、思うでしょう。
関係ない。
独身なのか既婚なのかも、年齢すらも関係ない。
なぜなら私は13歳のころに一度、『人に合わせる』ことをやめている。
それが、結婚したことで自分の軸が崩壊。
私にとって離婚は『自分を削る人に合わせることをやめ、自分の人生を取り戻す』という、人生最大の壁を突き破る転機だった。
元夫を断捨離した上で、友達をも減らしていった。
するとどうだ。
『解放感』に満ち溢れすぎている。
元夫はモラハラ気質だった。
毎日毎日、私の心は削られた。
でも、ちょっとしたきっかけから様々なことが積み重なって、完璧に冷めた。
「あ、もういいわ」
そう思った瞬間、やっと離婚に踏み切ることができた。
そうして得られたものが、とんでもないくらいの『圧倒的な解放感』。
「理不尽に心を削ってくる人を、自分の人生に置いておかなくていい」
素晴らしい。
モラハラ気質夫を断捨離したことに、後悔などない。
私は人生最大のデトックスを経て、自信がついたとさえ思っている。
この強烈な成功体験を経て、私は違和感のある友達関係を整理していった。
・価値観が合わない
・一緒にいるだけで疲れる
・話すたびに心がゴリゴリ削られる
こういう“心のエネルギー”を吸い取っていく人を切っていった。
たとえば、離婚したあとに何回か会っていた友達。
この友達は会うたびに「結婚したいな~」と言っていた。
「そのうちにタイミングがくるんじゃない?」と返した。
すると、「マツリカは結婚したからいいよね!」とか言い出す始末。
友達は私が離婚したことを知っている。
何が「いい」のか1ミリもわからない。
「でも離婚したし」と、私は返した。
「でも1回は結婚したし、子どももいるからいいじゃん!」
いよいよめんどくさい。
この人のデリカシーはどこにいったのか。
離婚にいたるまでの私の背景には目を向けず、自分の物差しだけで「いいじゃん」と言う友達にイラッとした。
会うたびに同じような流れになるから、同じことを何度も言われた。
ほかにも「彼氏ほしいな~」とか「この料理まずいな」とか、会うたびに文句や愚痴が多いから、一緒にいて楽しくなくなってきた。
何度会っても変わらない。
だから私はその友達からじわじわと距離を取り、いまはもうまったく連絡をとっていない。
合わない人との関係を切ったことで、そこに使っていた莫大なエネルギーが全部自分に戻ってきた。
合わない人と一緒にいるときは、ストレスにしかならなかった。
家に帰ってから、ずーっとグルグル考え続けることがあった。
「なんであんなこと言われなきゃいけないの」
「なんかもっと言えばよかったかな」
こんな考えばかりが頭をめぐり、貴重なエネルギーを“不法占拠”された。
そりゃ疲れる。
「友達を大切にしましょう」って言われて育ってきた。
私は友達とのことがあって、『友達を大事にする』ってどういう意味なのかを考えた。
そうして辿り着いたのが「私を削る人と付き合うのは、自分をいじめているのと同じ」
自分がストレスを感じる人と無理に付き合う必要はない。
だから、お互いに『ありのまま』を尊重できる友達だけを大事にすることにした。
話すたびに心が削れる相手は、価値観や関係性が自分に合ってないのかもしれない。
合わない人から離れまくって、連絡を取り合う人はかなり減った。
でも孤独を感じるどころか、『心に余白』ができた。
イヤな人のことで悩む時間がなくなると、本当に大好きな友達と過ごす時間に100%集中できるようになった。
自分のやりたいことに時間を使えるようになった。
「大好きな人たちだけがいればいい」
そうすると、『人間関係がシンプルで心地よい』ものに変わった。

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