【FF16】すべてを失った英雄|ディオン・ルサージュに惹かれた理由
※本記事は『FINAL FANTASY16』の重大なネタバレあり。
未プレイの方はご注意を。
FF16、かなりいい。
世間では結構「おもしろくなかった・つまらなかった」などの評価も多い。
確かにシステムや王道的なストーリー…けど、私は好き。
なんたってね、ハマれるキャラクターが多い。
だれにでも感情移入しちゃってとんでもなかった。
その中で群を抜いているのが“ディオン・ルサージュ”。
一国の皇子であり、聖竜騎士団の団長を務める。
まさに、おとぎ話から飛び出てきた『王子様』といっても過言ではない。
とはいえ、王子様だから惹かれたわけではない。
たとえ肩書きなどなくても、ディオンがディオンなら惹かれているに違いない。
これほど「余」という一人称が似合う人が他にいるであろうか?
いるだろう。
いるけど、とりあえずディオンが好き。
現実にいればぜひ、お近づきになりたいくらいには好き。
なんでこんなにもハマったのか。
ディオンの魅力を余すことなく解剖しよう。
あなたもぜひ、ディオンのファンに…!
ディオンが持つ『本当の強さ』
バハムートのドミナントであり、容姿端麗、文武両道、非の打ち所がない光の象徴。
だれもが憧れる完璧な英雄として、ディオンは描かれる。
そもそも「余」という一人称、この一人称を使うキャラクターにはどこか傲慢さがあるように思える。
でもディオンの「余」には、それが1ミリもない。
むしろ、この一文字に高潔さと責任・義務が詰まっているとさえ思う。
『正しさ』や『立場』を武器にして、強さを見せつけるために人を見下して支配しようとする人もいる。
でも、『本当に強い人』はそんな愚かなことはしない。
ディオンは圧倒的な力を持つハイスペックでありながら、それらを人を見下すための道具としては決して使わない。
自分の強さをだれかに証明する必要がないから。
愛・責任、強いがための切ない脆さ
ディオンの行動原理は、常に『民のため』『国のため』。
自分の地位や強さに己惚れることなく、弱者を守るために槍を振るう。
どんな混乱に陥れられようとも、『守る』ことを決して忘れない。
そして、国、父親への愛と忠誠。
しかしママ上の策略と物語のかなめとなる“アルテマ”により、ディオンの精神は限界まで追い詰められてしまう。
そうして理性を失ったディオンは、あれほどまでに自分が愛した国を己の手で壊滅させてしまった。
ディオンを見守ってきた私としては、胸が張り裂ける思い…。
歴代FFシリーズでも“バハムート”は最強の象徴であり、FF16では圧倒的な『光』として存在している。
『最も美しく光り輝く存在が、最も深い地獄に落とされる』
このギャップの残酷さが、ディオンの物語をよりいっそう引き立てている。
ここで一段と切ないのは、ディオンが『バハムートという力』にだれよりも誇りと責任を持っていること。
彼は国や民を守るために、その力を正しく使おうとしていた。
それなのに、その力をアルテマに利用され、最悪の破壊兵器にされてしまった。
そうしてディオンに残されたのは『大きな罪の意識』のみ。
しかしディオンは、その罪に打ちひしがれるだけではない。
彼は自分の犯した罪から目を背けず、世界を救うために再び立ち上がることができる男だ。
『皇国のバハムート』としてではなく、『ひとりの人間、ディオン・ルサージュ』として、自分の意思で未来を選んだ。
「過去は変えられない。
それでも、自分がどう生きるかは選べる」
これはFF16のテーマのひとつを体現している。
『どんなに傷ついても最後まで気高さを失わない生き様』
私の心に、強烈なリスペクトと愛おしさを植え付けた。
…いや、その前からずっと好きだった。
テランスとの『深い絆』と少女への『慈愛』
世界中を敵に回してもディオンの味方であり続けたテランス。
そしてディオンも、テランスの前でだけは『皇子』ではなく、『ただのディオン』としての一面を見せる。
ディオンの心の中にある、一途でどこまでも深い情愛。
ディオンが冷徹な英雄ではなく、血の通った温かい人間であることをテランスとの絆が証明している。
ディオンが大きな罪の意識を背負ったとき、正気に戻ったディオンは貧民街で『薬売りの少女』と出会った。
この少女がディオンを懸命に介抱した。
ディオンは少女を一人の人間として対等に、そして、誠実に向き合う。
テランスへの愛が『特別な人への深い絆』なら、この少女へ向けているのは『すべての者への純粋な慈愛』。
命を助けてくれた恩人として、ディオンはテランスに少女を託す。
これは同時に、テランスを“危険にさらさないため”の選択でもある。
ディオンの覚悟と慈愛。
それをわかり切っているテランスには、断ることができなかった。
だからこそ、彼らのこの選択にはもう、もう…アルテマを潰そう。
クライヴとディオンの違い
クライヴもまた、大きな絶望を経験した。
でもここに、クライヴとディオンの『決定的な違い』があると考えている。
クライヴの戦いはシドの意志を継ぎ、『だれもが人として死ねる場所』を作るという未来の救済に向けられている。
クライヴの罪の背負い方は、『生きて償い、未来を掴む』というポジティブなエネルギー。
対してディオンは、自分が守りたかった『父』も『国』も『民』も、すべて自分の手で破壊してしまった。
失ったものは二度と戻らない。
犯した罪は消えない。
“完全に手遅れになった状態”でスタートする。
自分が生き残る未来すら望まない。
「自分が犯した大罪の重さに対して、自分の命の価値が釣り合うのか?」という問いと、ひとりで静かに戦っている。
いまこの瞬間の『世界の存続』のためだけに、自分の命のロウソクを限界まで燃やし尽くそうとしている。
もちろんクライヴも、自己犠牲の覚悟を持って最終決戦の地に赴いた。
でも、クライヴの覚悟が『未来を生き抜くため』だとするなら、ディオンの覚悟は『自らを犠牲にしてでも責任を果たす』なのではないかと思う。
人間味があって、自分に厳しい
あまりに大きな傷を負ったディオン。
こんなに命を賭けなくたって、きっとだれも彼を責めることはない。
それだけ多くの人々から愛されている。
でもディオンは、愛するテランスにさえも甘えることはなかった。
ここで自分が命を賭けなければ、だれにも顔向けできないと言う。
ディオンはだれに許しを得ても、自分で自分を許すことができなければ、罪の意識から解放されることはないのである。
だから『自分の命を燃やす』ことを決めた。
それでもサブクエスト『老師の想いを胸に』では、なにかを残したいと思うディオンの人間味も溢れている。
ディオンの覚悟を察したハルポクラテスは、涙声になる…切なすぎる。
生きた証を残すより、生き続けて証を残してほしい。
ハッキリした描写はないので、後者に賭けたいところだが…。
ほかのキャラクターが持つものが『生きて未来を掴むための強さ』なら、ディオンが持つものは『すべてを失っても、人として正しくあろうとする究極の魂の強さ』。
だからこそ、ほかのだれよりもディオンに惹かれるのかも。
FF16と出会えてよかった
FF16のキャラクターは、それぞれが自分の正義のために戦っている。
FF16は敵も味方も、みんな魅力的。
もはや私は、ママ上以外はみんな好きかもしれない。
それでもディオンに惹かれてしまうのは、『すべてを失った地獄の底で、なお本物の英雄であり続けた男』だから。
私はたとえ世間の評価がどうであれ、ディオンに出会えただけでFF16が大好きだと言い切れる。

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