2026.1.19 快楽領域
evernoteからupnoteに移行することができました。
evernoteのノートフォルダをエクスポートし、それをupnoteにインポートする単純作業は思いのほか楽しかった。自分の日記やら興味のあるページの写しやらがワンクリックでupnoteにシュバババババババっと吸い込まれるさまが快楽的だった。
昨日の夜食べたチーズも、まさに快楽的な味だった。味蕾がひらくとはこういうことをいうのか、という真に官能的な味わいだった。群馬の高崎に「モンテドラーゴ」というチーズ専門店があり、年末にそこから取り寄せた、とってもまあるいカマンベールチーズだ。切るとフカフカしていて、口に運ぶと滑らかで旨みがすごいのだ。このチーズと、ざくろ味の美酢(ミチョ)を片手に映画「関心領域」を観た。
アウシュビッツ収容所の所長とその家族を描いた作品。調べたらそもそも「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、アウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現する言葉だったようだ。実際にむごい描写が出てくるわけではなく、あくまで間接的に語るというのを徹底した独特な映画。「くさいものにはふたをする」人間の性質に光を当て、後ろめたさを喚起するようところもあるが、それよりは全体に漂う不穏を越えて美しい雰囲気に惹かれた。中でも党の医務室(なのだろうか)とその廊下が一番不気味で清潔で美しく、やはり私はリミナルスペースに惹かれるのだとあらためて感じた。背もたれのない廊下のベンチ、壁づけの黒電話、モザイクタイルのようなグレーで艶のある床。屋敷の中を定点カメラで撮影したような雰囲気もよかった。
ただこの映画が有名ではなくて、それなりに賞をとってもいなくて、すてきなビジュアルのポスターに金色の受賞ロゴがなかったら? もし同じ映像がYouTubeで流れていたら? どこまで耐えて見続けたかはわからない。
短期的に面白いコンテンツに慣れすぎているので、2時間の作品すら迂闊に手を出さなくなった。映像作品を見るのはもはや暇つぶしではない。何かしらの信頼に対して時間を払う覚悟、その決断の印に再生ボタンを押すのだ。
ウォッチパーティー。
それにしても、最近は目の前の快楽に溺れすぎている気がする。長期的にものが考えられない。その理由は社会に蔓延している「正解のなさ」にある気がする。目指すべき旗印がない。登るべき山がない。だから健康でいる必要性も、お金をとっておく理由もない。栄養バランスよりも、出来合いのベーコン入り黒胡椒がけポテトサラダを手に取る。炭水化物と油の快楽。混み合ってカートに通路を塞がれたスーパーマーケット、非快楽。ショート動画、無快楽。上司の機嫌、関心領域。小籠包にかかっているゴマ、非関心領域。愛の反対、無関心。最後のはマザーテレサの言葉だ。アテンションエコノミー、だれもがみんなの関心領域に入りたい。
そして虎の尾を踏んづける。
