『SとX』考察|「SEXで悩まない人なんていない」から始まる、私たちの物語
「セックスに悩んでいない人なんていませんから」
Netflix『SとX』の作中で語られるこの言葉が、観終わった後も静かに胸に残り続けている。
セックスレス、依存、性的トラウマ、誰にも言えない秘密の癖。
霜鳥クリニックに持ち込まれる悩みは、一見するとどれも特殊で、自分とは遠い世界の出来事のように思えるかもしれない。
けれど、全7話を見届けた今、強く感じている。
これは本当に、「性」に悩む一部の人たちだけを描いたドラマだったのだろうか。
1.言語化された瞬間、救われる感情
「“自慰”って、なにそのネガティブな日本語? と思うわけ。自分で慰める、だよ? 英語にはセルフプレジャーっていう言葉もあるのに。……悦び?」
加瀬しおんが投げかけるこの言葉に、ハッとさせられた。
「自慰」と「self-pleasure」。
指しているものは近いのに、「自分を慰める」と「自分に悦びを与える」では、受け取る印象がずいぶん違う。
私たちは無意識のうちに、「言葉」によって自分の感情や行為に意味を与えている。
そして時には、その言葉にまとわりついた価値観によって、自分自身を縛ってしまう。
本来なら自分の身体や欲望について考えることも、ごく個人的で自然な営みのはずだ。
それでも、どこか恥ずかしい。
人には言えない。
そんなふうに感じてしまう。
だからこそ、『SとX』で交わされる言葉が胸に刺さる。
これまで言葉にできなかった感情に、新しい名前が与えられる。
その瞬間、人は長いあいだ抱えていた罪悪感から、ほんの少しだけ自由になれるのかもしれない。
2.「普通」という透明な圧力
作中で描かれる人々を見ていると、ある問いが浮かんでくる。
「普通」とは、一体何なのだろう。
普通は、恋人がいればセックスをする。
普通は、こういうことに欲望を感じる。
普通は、こういう人を好きになる。
普通は――。
私たちは日常の中で無意識に、「世間の普通」や「こうあるべき」という枠組みに自分を押し込めようとする。
そして、そこから少しでもはみ出した自分の欲望や違和感を、「人には言えない秘密」として心の奥に隠してしまう。
でも、その「普通」は誰が決めたのだろう。
誰を好きになるか。
何に悦びを感じるか。
したいのか、したくないのか。
触れたいのか、触れられたくないのか。
本当は、一人ひとり違う。
『SとX』が描いているのは、そんな違いそのものよりも、**「違っていることを言えない孤独」**なのかもしれない。
「性」という最もプライベートで、ごまかすことの難しい領域を入口にしているからこそ、人間の切実さがむき出しになっていく。
3.理解できないからこそ、手を探り合う
人は、他人の痛みや傷を100%理解することはできない。
どれだけ愛しているパートナーでも。
どれだけ親しい人でも。
完璧に分かり合うことなんて、不可能なのかもしれない。
主人公の霜鳥自身もまた、他人の性の悩みに寄り添うセラピストでありながら、自らも過去と葛藤を抱えている。
人の悩みには寄り添える。
でも、自分自身の悩みに寄り添うことは難しい。
誰かを支える側の人間だって、完璧ではない。
だからこそ、このドラマは優しい。
「分かり合えないこと」を絶望として描くのではなく、
理解できないからこそ、理解しようとすること。
その姿勢を描いているからだ。
そして『SとX』というタイトルを眺めていると、私はふと、Sを“Self”、Xをまだ理解できていない“未知の誰か”のようにも感じた。
自分と、自分ではない誰か。
その二人が交わる場所には、完全な理解ではなく、いつだって手探りの戸惑いがある。
それでも手を伸ばす。
そこに、人と人が関わることの温もりがあるのではないだろうか。
4.再び、あの言葉へ
「セックスに悩んでいない人なんていませんから」
最初にこの言葉を聞いたとき、それは「性について悩むことは特別ではない」と相談者を安心させるための言葉のように聞こえた。
けれど、全7話を見終えた今、その意味は少し違って見える。
自分は普通なのか。
相手と違っていてもいいのか。
自分の欲望を認めてもいいのか。
誰かに話してもいいのか。
そして、
こんな自分でも、誰かに受け入れてもらえるのか。
性についての悩みを一枚めくれば、その奥にあったのは、そんな普遍的な問いだった。
だから、この言葉が本当に伝えていたのは、
「完璧な人間なんていない」
ということなのかもしれない。
誰だって、人には見せていない部分を抱えながら生きている。
誰かに理解してほしいと思いながら、それを言葉にできずにいる。
『SとX』が性を通して描いていたのは、そんな不器用で、どこか愛おしい**「私たち自身」**の姿だった。
理解できなくても、理解しようと手を伸ばすこと。
自分とは違う誰かを、すぐに「普通じゃない」と切り離さないこと。
そして、自分自身のこともまた、「普通」という物差しだけで否定しないこと。
『SとX』が見せてくれたのは、そんな人と人とが寄り添うための、静かな距離感だったのかもしれない。
「セックスに悩んでいない人なんていませんから」
観る前と観た後では、
この言葉が、少しだけ違って聞こえている。
参考・引用
・Netflix「Netflixシリーズ『SとX』制作決定!中島健人が再びNetflix作品で主演を飾る。新たに挑む主人公は、セックスセラピスト・霜鳥壱人。」(2026年1月12日)
・Netflix「中島健人主演最新作 Netflixシリーズ『SとX』――ヒロインの佑美役に新木優子、ほか追加キャスト発表!」(2026年7月10日)
・Netflix「Netflixシリーズ『SとX』―主演:中島健人 × ヒロイン:新木優子 本作初となる予告映像&キーアート解禁!」(2026年7月28日)
・ORICON NEWS「Netflixドラマ『SとX』相関図・登場人物・キャスト一覧」(最終更新:2026年8月25日)
・講談社モーニング公式サイト「Netflixシリーズ『SとX』配信開始記念、主演・中島健人×ヒロイン役・新木優子×原作者・多田基生が今週のモーニングに登場!」(2026年8月20日)
※作中のセリフはNetflixシリーズ『SとX』より引用しています。
※本記事における作品の解釈・考察は筆者個人の見解です。
