読まないけど持っていくのが本である
旅に出るとき、わたしは本を持っていく。
けっこうな量の本を。
あれもこれも、こっちもあっちも。
読み切れる量じゃないのは、自分がいちばんよくわかっている。
いま読んでいる本。
仕事で使っている最中の本。
読みたい本。
いまのタイミングで読んでおいたほうがいいかもしれない本。
とりあえずカバンに詰める。
キャリーに入れる。
そして、持っていく。
社会学者の橋爪大三郎さんは、旅じゃなくても常にキャリーケースに20冊の本を入れて歩いているらしい。
「何を読みたくなるかわからないから」。
ツワモノである。
わたしはせいぜい5〜6冊、多くても10冊かな。
それでも、読んだためしがない。
スマホがあれば、ラジオも聴けるし、ポッドキャストも聴けるし、Amazon Musicだってある。
時間を溶かすのは、SNSだけではない。
それでも持っていく。
ホテルの部屋に入ったら、荷物を落ち着けて、テーブルの上に本を並べる。
その行為そのものが、なんだか落ち着く。
たとえ一泊二日の仕事旅でも、同じことをする。
巣作り、なのだ。
本のある部屋は、自分の部屋である。
知らない街のホテルの一室でも、本を並べるだけで、そこが自分の居場所になる。
Kindleが入っているiPadも置けば、そこはもう、本棚だ。
読むか読まないかじゃない。
読まないかもしれないけど、いてくれると心強い。
そういう存在が、本というものだ。
