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食わず女房と『奥さまは魔女』


「おにいちゃん、『奥さまは魔女』って知ってる?」

彩が、ぼた餅をほおばりながら聞いた。

「知ってるで。サマンサやろ?」

珠は胸を張った。

「唇を左右に動かしたら、魔法が出る人や。」

「それや。」

珠はさっそく口を左右に動かしてみた。

「……ぼた餅、増えへんな。」

「増えるかいな。」

彩はあきれた顔で言った。

「でもな、おにいちゃん。サマンサって、ほんまはものすごい力を持ってるんやろ?」

「せや。」

「けど、その力を使わんと、普通の奥さんとして暮らすことを求められる。」

「旦那さんを立てるためやな。」

「そう。仕事で困ったら、こっそり魔法で助ける。でも、表では旦那さんの手柄になる。」

珠は腕を組んだ。

「なんか、損な役やな。」

「ちひろ先生が前に書いてた『食わず女房』も、少し似てへん?」

「ああ。『私はご飯を食べません』言うて嫁に来た女の人やな。」

「せや。でも、旦那さんが仕事で留守の間に、ご飯をめっちゃ食べる。」

「ほんで、家の仕事はきっちり済ませる。」

「ものすごく働くし、ものすごく食べる。」

珠は首をかしげた。

「働いてるんやったら、ええやん。」

「でも、旦那さんは食べへん女房が欲しかったんや。」

「なんで?」

「食費がかからへんから。」

珠はしばらく黙った。

「……それ、女房やなくて、ただで働く人が欲しかっただけちゃうん。」

彩もうなずいた。

「サマンサも食わず女房も、家を支える力を持ってる。」

「うん。」

「でも、その力は隠さなあかん。」

「うん。」

「力を使えば助かるのに、力を持ってること自体は、怖がられたり嫌がられたりする。」

珠は、食べかけのぼた餅を見つめた。

「都合ええなあ。」

「東洋では、鬼や山姥。」

「西洋では、魔女。」

「姿や物語は違っても、決められた枠に収まらへん女の人を、怖いものとして描くところは、どこか似てるのかもしれへんな。」

そのとき、縁側から湯のみを置く音がした。

珠と彩が、ぱっと振り向いた。

いつの間にか、なぎこが座っていた。

「女が賢かったら魔女。」

「よう働いたら山姥。」

「家を支えたら当たり前。」

「口を開いたら鬼。」

なぎこは、ふっと笑った。

「ほんま、人間いうんは勝手なもんや。」

「なぎこ姉ちゃん、今日も切れ味ええなあ。」

「切れ味やない。昔話も伝説も、誰が物語を書いて、誰が名前を付けたんか。そこを見んと、本当の姿は見えてこん。」

彩が、静かにうなずいた。

なぎこは湯のみを手に取り、ひと口すすった。

「女の力は借りたい。」

「けど、女が力を持っとることは認めたない。」

「昔も今も、案外そこは変わってへんのかもしれんな。」

珠は、しばらく考えてから顔を上げた。

「ほな、魔女も山姥も、見方を変えたら、すごい力を持った人なんやな。」

「そういうことや。」

なぎこは答えた。

「恐ろしい名前を付けられた者ほど、ほんまは何を恐れられていたのか。そこを問い直したらええ。」

珠は大きくうなずいた。

「わかった。ほな俺も、ぼた餅を増やす力を隠し持ってることにする。」

彩が、すぐに言った。

「持ってへんやろ。」

縁側に、三人の笑い声が広がった。


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