「英語が話せないのでガジェット3台で国際学会に挑む-後編-」
発表当日の朝、早起きした。
前夜にビールを5本飲んでいたが関係ない。カタカナ英語の原稿を2回通しで練習した。iPadで質疑応答の準備もした。パーフェクトな朝だった。
会場に向かうと、昨日テストした部屋とは違う部屋だった。それは想定済みだったので問題ない。想定外だったのは、会場が15階の高層にあるちびっこいスペースだったことだ。
でも最初に2、3人しかいなかったので大丈夫だろうと思った。
そこに団体さんがご到着した。
20人ほどの偉そうな人たちが次々と入ってきた。昨日のレセプションで司会をしていた人もいる。もう一つの会場はいいのか、と心の中で突っ込んだ。
自分は3番手だった。
トップバッターは学生っぽい人で、箔をつけに来ただけだろうと高を括っていたら流暢な英語で発表し始めた。質問タイムではその友達がまた流暢に質問してくる。
2番手も流暢な英語。司会者から鋭い質問が飛ぶ。勘弁してくれと心の中で思った。
そしていよいよ3番手、自分の番が来た。
普段は80人の前で授業をしているので、20人の前での発表など何でもない。
「グッドモーニング、マイネームイズ——」
そこでAirPods Proをつけ忘れていることに気づいた。
緊張してんじゃん。
何事もなかったように話を続けた。しかし慣れないパワーポイントに触れてしまい、違うページが出るハプニング。何度かページを間違えた挙句に、読んでいる場所がわからなくなった。
でも堂々と、多分ここだろうというところから読み始めた。
デモムービーを流すところまで来た。これで1分休めると思ってムービーを再生した。
司会者が何かぶつぶつ言ってくる。
音は出ているのに映像が出ていなかった。
パニックになった瞬間、スイッチが入った。
神は乗り越えられない試練は与えない。ここはエンターテイナーとしての進化が問われている。
映像は捨てた。
「ソーリー、アイハブアトラブル」
そう言った瞬間から、今まで以上に身振り手振りが大きくなった。噛んでも間違えても、カタカナ英語をどんどん読んでいった。
最後に笑いを取りに行った。
「なんでも質問してね。英語苦手だけど、てへ。」
誰も笑わなかった。さすが国際学会、ウケのハードルも高い。
質疑応答が始まった。
誰も質問しないタイミングで司会者が登場した。この瞬間にARグラスの翻訳ボタンをポチ、iPadのアプリを素早く起動。
2台ともローディングがぐるぐる回って起動しなかった。
ガジェット、全滅。

でも不思議となんか喋れる気がした。なりきってカタカナ英語を話し続けていたからか、司会者の言葉から単語を拾えた。
しかも司会者は私のジョークを唯一汲み取ってくれたのか、ゆっくり、わかりやすく、短く質問してくれた。優しい人だった。
「何回展示したの?」だと思った。
大きく指を一本立てた。
「ワン!」
犬か。
司会者はまだ質問してきた。プレゼン資料を指さしてゴニョゴニョ言っている。資料を戻せということだろう。戻した。
「2台のプロジェクターをどうやって同期調整したの?」と多分言っている。
両手の拳を前に出して、高さを合わせながら見せた。
「ハンド、アジャスト!」
つい「手動」と日本語で言ってしまったが、司会者はホォーという顔をしてペラペラ話し始めた。話が終わったところでサンキュウと手を合わせた。
親父から40年越しで受け継いだ「キャン ユー スピーク モア スローリー プリーズ!」も出番がなかった。
発表が終わった後、一人が話しかけてきた。
「すごく気になる論文でした」
エレベーターでも声をかけられた。
「どこかでデモは観られますか?」
ガジェット3台は使えなかった。AirPodsはつけ忘れた。ARグラスはローディング中だった。iPadもローディング中だった。親父から受け継いだスローリープリーズも出番がなかった。
それでも発表後に2人が話しかけてきた。
結局、中身が本物なら伝わる。
言語の壁より、研究の壁の方がずっと高い。
