06|アップルパイは、そこになかったけれど
雨雲が広がりはじめた空の下、
私は道の駅を後にして、もりもと本店へと急いでいた。
あのアップルパイに、ようやく出会えると思っていた。
けれど、ショーケースの中は、ほとんど空っぽだった。
お目当てのアップルパイは影もなく、パンの棚も寂しかった。
量り売りのパンをひとつ、手に取ってみる。
「食べたかったな」
そう思っただけで、なぜか心はざわつかなかった。
千歳駅のホームに立った瞬間、
空がいきなり堰を切ったように泣きだした。
バケツをひっくり返したような雨。
「セーフ……」
駆け込みで濡れずに済んだことに、思わず笑みがこぼれる。
札幌行きの電車の窓に、雨粒が静かに流れていく。
その流れを目で追いながら、今日という一日を思い返していた。
ホテルに着くころには、
早朝から動き続けた疲れが、じんわりと体の芯に染みていた。
それでも、不思議と心は満ちていた。
ホテルのラウンジで手にした一杯のコーヒー。
そして、道の駅で選んだサーモンといくら丼。
あの一杯の中に、今日の記憶がすべて詰まっていた気がする。
目的が果たせなかったことよりも、
そこに向かって歩いた時間と、積み重なった風景が残った。
アップルパイは、たしかに「なかった」。
けれど、「なかった」ことで失われたものは、何ひとつなかった。
