バッハ親子の間に─BWV1033をバロック・フルートで「探究学習」
最近、個人的に注目しているバッハの曲があり、
それをバロック・フルートで練習しています。
曲は、『フルート・ソナタ ハ長調 』BWV1033。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作として伝わってきた作品ですが、
ご存知の方も多いように、この曲には、現在もなお「作曲者をめぐる疑い」というものが残っています。
現存する写本(1731年頃ライプツィヒ時代)は、
J.S.バッハの息子であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの筆跡(17歳)であり、いくつかの楽章には他の作曲家の影響が指摘されています。
そのため実は、この作品は長い間「疑作」として扱われてきました。
(実際、J.S.バッハのフルートソナタのCDには、この曲は入っていないことが多い)
しかし、私はこの曲を聴くたびに、
むしろ、その「謎めいた部分」というか「結局のところ、おそらく永遠に真実がわからない曖昧さ」のようなものに、なんとなく惹かれてしまいます。
例えば、もし、このソナタが、
息子C.P.Eバッハのために書かれたものなのだとしたら?
あるいは、
父と息子の間でやりとりされながら出来上がっていった曲なのだとしたら?
などなど、いくつかの想像を加えてみたときに、
このBWV1033というソナタは、
「バロックの時代から新しい時代へと向かう橋」
の上に存在している、大変重要な作品なのではなかろうかと、
そんなことを考えてみたりもできます。

ちょっと話は変わりますが、
実は、私は諸事情あって(かなり多忙なため)、現在フルート教室でのフルートレッスンをお休みしておりまして、そのため、休み期間の間でも、毎日、ルーティン的に、短時間でもかまわないので、コツコツとフルートの練習をし続けることができる曲がないかと探していました。
言ってみれば、個人的に楽しく向き合うことができ、かつ時間の制限なしに「探究学習」ができるような、そんなありがたい一曲です。
で、このBWV1033というソナタは、私が希望している要件にぴったりと合致していたのです。
BWV1033についての現時点での私なりの探究テーマは、
例えば次のようなことです。
(BWV1033は、第5楽章までありますが、今のところまだ第1・第2楽章のみ練習中です。)
第1楽章は、
語りかけるように始める。
音をどう置いていくか、
どのように息を使うか、
(指の準備も、身体の状態も、如実に音に表れてしまうため)
第2楽章では、
指のコントロール、
息の支え、
テンポの安定などがテーマ。
(基礎ができていないと、目指す音楽とはならないため)
つまり、この曲は、私にとっては、
単なる美しい作品ではなく、
バロック・フルート演奏における
「土台(基礎の習熟度)」を客観視できる
という側面がある曲です。
バッハの曲は、私にとっては、
正直言って、全てが「上級者向け」なので、
現実的には、
思うようには演奏できないし、また、
ゆっくりとしたテンポでしか演奏できないのですが、
それでもなお、BWV1033は、
鼻歌を歌いたくなるような親しみを感じる、
そんな曲でもあります。

ちなみに、このソナタの構成は、とても独特で、
第1楽章は、まるで独白のように始まります。
通奏低音に支えられながら、内面を探るように進んで行きます。
そして、第2楽章に入る瞬間、
そこが、最も好きなところなのですが、
「軽やかで楽しい、新しい世界の扉」が、ふっと開くのです。
下記の動画のアンナ・ベッソンの演奏は、
その瞬間のよろこびを見事に表現しているように思います。
間の使い方が効果的で、
音と音のあいだには必要不可欠な空間があり、
その余白のようなものが、
舞曲らしいリズムを
自然に生み出しているように感じます。
また、さらには、
エマニュエル・パユの演奏によるBWV1033も、とても好きです。
パユのモダンフルートでの演奏で聴くと、
より広いダイナミクスと流れを感じることができます。
とてもスケールが大きく、
時空が大きく開いていく、そんな印象もあります。
ということで、
バロック・フルートとモダンフルートとでは、
同じ曲でありながら、
かなり違うムード(空気感)が生まれます。
アンナ・ベッソンの演奏は、
音の一つひとつに重心があり、
リズムの骨格がはっきりと感じられます。
舞曲としてのあり方や、呼吸の位置などがつかめるように思います。
一方、エマニュエル・パユの演奏では、
音の流れがより大きく、旋律がより遠くまで伸びていき、
フレーズが弧を描くように空間を満たし、
まるで巨大なリボンのような、大きな線として聴こえます。
そしてさらにいうならば、
バロック・フルートでの演奏には「言葉」を感じ、
モダンフルートでは「流れ」を感じます。
どちらが優れているということではなく、
このソナタが持つ多面性として捉えることができます。
話は戻りまして、
もし、このBWV1033という作品が、
「家の中で演奏される」ということを想定して書かれたのだとしたら、
どうでしょうか。
それは、「教会や宮廷のための音楽」とは異なり、
「家(プライベート空間)で楽しむための音楽」であり、
親しい人とわかちあう音楽であり、
音楽を学ぶ喜びを共有するための音楽でもある。
そう考えてみれば、
BWV1033というソナタに備わっている
親密さのようなものは、この曲の中心軸である
と言えるのかもしれません。
実際、一人で練習をしていても、
まるで、どこか「会話」のようなニュアンスを感じるのは、
そのためなのかもしれません。
それゆえ、この曲を演奏するときには、
技巧的なことだけでなく、
「音楽が持っているコミュニケーションの力」を
大切にしたい、そんなふうにも思います。
次回の予告:
来週の月曜日に投稿予定の記事のタイトルは
『パイプオルガン体験会に参加させていただきました』
です。
09月07日(月)の夜、20時にお会いしましょう。

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