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✍️ 英語難民 Part2 — 3,000語の真実

55歳で英語をやり直した私は、7年間かけて11,000語を覚えた。
語彙力テストは偏差値74、SSランク。
TOEICの語彙・音声認識テスト(Word Engine)では満点を取った。
しかし、そのとき私は気づいた。
——私は、英語の“外側”から抜け出しただけで、まだ英語を“生きて”いなかった。
読む力は上級に近いと思う.
難しい英文は読める。
理論書も論文も、負荷はあっても意味の核は掴める。
それでも私は、話せなかった。
自分の「話す能力」がどの程度なのかすら分からなかった。

🔹 話せない理由は単純だった

話すことと聞くことは、深くリンクしている。
まず、聞こえなければ、話すことはできない。
だが、私は驚くべき事実に直面した。
ノンネイティブの音声は聞こえるのに、ネイティブの音が聞こえない。
なぜか。
理由は痛烈だった——
リダクション(音の脱落)
変形(音の連結・変化)
消失(聞こえにくい音)

冠詞も前置詞も壊滅的に消える。
基本単語すら原型を留めず、別の生き物のような音になる。
私は絶望した。

11,000語を知っていても、耳で拾えなければ、その言葉は半分しか息をしない。

音声テストで満点を取れるのに、日常会話が聞き取れない。
その矛盾の前で、私は立ち尽くした。


🔥 気づき — 日常会話は3,000語で足りる

調べれば、日常会話は ネイティブ3,000語の範囲 で成立すると分かった。
読むための語彙でも 約6,000語 あれば十分だと言う。
——英語学習は、最初にこの3,000語の4技能を鍛えるべきだったのではないか?
それなのに私は、
中学・高校・大学、そして社会人として
合計17年間も勉強し続けて、やっとこの残酷な真実に気づいた。

💥 英語教育の罪

日本の英語教育は、戦後から続く枠組みをまだ大きく変えられずにいると思う。
受験という仕組みの中で、「使う英語」よりも「選別する英語」へ比重が傾いているのではないか。
その結果、年々単語レベルは上昇し、
人生で一度しか見ない単語 が難関大入試で出題される。
TOEICもまた、広い受験層を維持するために難易度を調整し続け、
実務英語というより、国語的読解力を問う問題と難単語が散見される。

そして、その現実を見た瞬間、受験生も社会人も、
砂を噛むような単語学習に走らざるを得ない。

だが、人にはもっと大切なことがある。

本来、英語は世界と繋がるための道具であり、
人生を豊かにするための文化的営みだったはずだ。


✨ 本質への回帰

もし、最初から誰もが
3,000語 × 4技能
という現実的で実践的な学習法を選んでいたら、
英語アレルギーは大幅に減っていたに違いない。
砂を噛むような空虚な暗記に人生を消費する必要はなかった。
そして、世界はもっと近くにあった。

日常会話3,000語、読解6,000語。
これだけで英語のハードルは劇的に下がる。
苦痛の学習ではなく、喜びとしての英語が始まる。


🌌 終章 — 真の道

気づくのに、あまりに時間がかかった。
中学、高校、大学、社会人。
17年間、私は間違った山を登っていたのかもしれない。

人生の大切な時間を大量に注いで振り返れば、
登るべき真の道は、まったく別のところにあった。
それに気づくまでの長さこそ、英語教育の罪である。

——英語は才能ではない。

正しい順番で訓練すれば、誰でも扉を開けられる。

私はもう英語難民ではない。
外ではなく内側を歩き始めた。
そして今、次の扉に手をかけている。

次回、Part3 —「話す」ための再建へ。

(END)


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