第2話 旅立ち 『ルミナ・パルス』

空が黒く染まった日、村は怪異に襲われた。
その夜、生き延びた村人たちは集まり、話し合った。
孤児院の院長--カレンの育ての父は、羊皮紙をめくった。
「闇(ペルニキエス)が生まれ世界を包む時。
光(ルミナ)は、生きる者たちの心より立ち上がるであろう。
光は闇に奪われしものを、再び地上へと還す」
奪われしものを、再び地上へと還すなら、
失われた家族も蘇るのか……?
……死んだ者は大地に還る。
それが理だ。
それでも――心のどこかで。
三人とも、預言の言葉を忘れることはできなかった。
カレン父は言った。シンに、ミカに、カレンに。
「お前たちは、身軽に城塞都市を目指せ。
あそこなら、なにか情報が掴めるかもしれない。
私たちはここに留まり、動ける大人と共に別の道を探す。
……心配するな、子供たちは儂が守る」
「お姉ちゃん、僕たちもがんばるよ」
カレンは名残惜しそうに、孤児院の子供たちへ微笑み返した。
それからシンと目を合わせ、頷いた。
ミカは俯いていたが、二人の目を見て、小さく頷く。
戻らない者をよみがえらせる手がかりを求めて。
そして、この災いの正体を知るために。
三人は城塞都市へ向かうことを決めた。
◇
翌朝--
空はまだ薄暗く、村には焦げた匂いが残っていた。
三人は、崩れた村の門の前にいた。
無事だった村人たちが、見送りに来ている。
彼らはなけなしの食料を持たせてくれた。
保存のため二度焼かれた麦パン。
布に包まれたわずかな塩。
そして、野営に使う古い毛布も。
「でも、それは皆の…… 」
「持ってお行き。あの先生の娘を、空腹のまま送り出せないよ」
診療所に通っていたお爺さんが、ミカに優しく言った。
カレンが深く頭を下げる。
「…… ありがとうございます。必ず、この子を守ります」
お爺さんが、短く頷いた。
シンは頭を下げ…… 。
村人たちに背を向けた。

都市へと続く古い道を進む。
あまり人が通らないため、草が腰の高さまで茂っていた。
朝露が、靴と服の裾をびしょ濡れにする。
「二人とも、疲れていないか?」
シンが歩調を緩めた。
「歩くのが遅くてごめんね」
カレンが遅れかけていた歩調を早めようとした。
「いや……慣れない山道だ。 あの倒れた木まで行ったら休もう」
シンは静かに答えた。
◇
道すがら、古い小屋を見つけた。
小屋から少し下ったところに細い沢が流れていた。
上流には獣の死骸や、異形の痕跡など、異常は無いようだった。
「今日は歩くのはここまでにして、早めに野営の準備をしよう」
シンはカレンとミカを見た。
◇
カレンが鍋いっぱいの水を運ぶ。
ミカが布を重ね、落ち葉や細かな土を濾していく。
乾いた木を折り火を起こすと、火種が小さく煙を上げて橙色に色づいた。
鍋で沸かした水を、夕食用と明日の飲み水に分ける。
夕食は、硬い麦パンを湯で煮崩したスープだった。
わずかな塩と、近くに生えていたアサツキ(ネギの仲間)が加えられている。
パチパチと火の爆ぜる音が、静かな夜に響いていた。
三人の口数は少ない。
シンは薪の位置を直し、カレンは空いた椀にスープを足す。
ミカは両手で椀を包んだまま、立ちのぼる湯気を見ていた。
誰も、村のことを口にしなかった。
それでも、温かい食事が喉を通るたび、冷えていた体は少しずつ解れていった。
夕食を終えて――
シンは小屋を出た。
森に入り、獲物の足跡や糞から「通り道」を読み取る。
携えていた罠を数箇所、手際よく仕掛けた。
◇
翌朝。
仕掛けておいた罠に、兎が一匹かかっていた。
シンは兎に、祈りを捧げた。
捌いた兎の火が通りやすい、前脚や肋骨まわり、それから肝と心臓は朝食用に。
残りの肉は焚火で焼き、携帯食用にした。
その間に、カレンが沢へ水を汲みに行っていた。
火を起こして、兎肉と塩を鍋に入れる。
湯気が立ち、肉の匂いが広がった。
ミカは近くの草むらでニンニクガラシを摘んでいた。
葉を1枚、指先で揉んで 匂いを確かめる。
まだ茎が伸びていない、若い葉だ。
「…… この草は傷口に使う薬にもなるし、血の巡りをよくする。滋養もあるって、 父さんが言っていたな……」
ミカはそっと呟いて、それからシンとカレンの元に歩きだした。
ニンニクガラシのピリッとした風味が、野生のウサギ肉の臭みをやわらげた。
硬い麦パンも一緒に煮込んだスープは、とろりとして、すっきりとした味わいに仕上がった。
三人は鍋を囲み、スープを口に運んだ。
カレンの顔が、ぱっとほころんだ。
「…… 美味しいね!ミカ、すごいよ。お腹の奥がポカポカしてくる」
「いえ…… お肉はシンが獲って、煮てくれたのはカレンさんです」
ミカもほっとしたように、笑った。
この旅で見せた、初めての本当の笑顔だった。
シンがミカの頭を手でぽんぽんと叩く。
「…… いい薬師(くすし)になれる」
シンの表情も、わずかに和らいでいた。
小屋の隙間から朝の光が差し込んでいた。
森はまだ、静かだった。
都市へ続く道は、まだ深い森の向こうへ伸びている。
それでも、昨日よりも少しだけ、歩き出せる気がした。

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