【小説】かぐや姫と5人の貴公子🌙 ~月より堕ちた星たち~ #1
ある文月(7月)の月夜
「どうしたんじゃ、かぐや姫。そんなところで。」
竹取の翁は、ひとりで縁側に座るかぐや姫に声をかけた。夏の夜に輝く満月の光を浴びたかぐや姫の頬が白く浮かび上がる。
昼にあれほど騒がしく鳴いていたクマゼミたちはすっかりその姿を潜め、入れ替わるように鈴虫たちが静かに語りだす。
遠くでウシガエルが寝息のような音を立てているのが聞こえる。その音にかぐや姫のすすり泣く声が重なる。
「泣いて…おるのか?」
かぐや姫と呼ばれた少女は小さく頷いた。
彼女は光る竹の中から産まれた女の子だった。
翁の実の子供ではない。しかし、翁にとってはそんなことは全く関係のないことだ。
子宝に恵まれなかった翁にとっては、彼女はまさに天からの授かり物だった。
彼は妻とともに、かぐや姫を大切に育てた。
「わたくし、5人の殿方より求婚の申し出をいただいているのです。」
「おお。最近よく客人として来られるあの5人の者たちか。良いではないか!
彼らは帝(みかど)に近い御方として名前が挙がっておる者ばかりじゃからのぉ。彼らと結婚することとなれば、かぐや姫の生活も安泰。ワシも老い先短い爺だ。これで思い残すことなく逝ける。で、いったいそれの何が不満なんじゃ。」
かぐや姫は相変わらず、満月を見つめている。
「ただ…わたくしはいずれの殿方にも魅力を感じないのです。」
「…そうなのか。たしかに好きな者と結ばれたいという気持ちもわからぬでもないが…。」
翁は少し表情を曇らせた。
いくら両想いで結ばれたとしても、どこの誰かもわからないような貧しい男にかわいい愛娘を嫁がせる訳にはいかない。
彼女が貧しさで苦しむ姿など見たくはない。
ワシがもっと裕福であったら…
いや、それは贅沢な悩みだ。
なんせワシの仕事は竹取なのだから。
婆さんを食わせるので精一杯。
最近になって腰もだいぶ痛くなってきた。
そんな時に降ってわいた縁談。
しかも5人とも貴族の出だ。これだけでもありがたい話。いくら好みでないとは言え…逃すのは惜しい。
「彼ら、お金いっぱい持ってるぞ。ワシの100人分ぐらい。それでも、ダメ?」
かぐや姫は静かに首を振る。
「おぉ…そうじゃ。結婚したら姫の大好きなお団子もいっぱい食べられるかもしれんぞ。」
かぐや姫は再び首を振る。
そうか。
まあ、結婚生活を送るのはかぐや姫自身だからな。気が乗らぬのであれば仕方がない。
「わかった。ワシに任せておけ。しかし、さすがに帝になるかもしれない御方に向かって『うちの娘はあなたのことが好きじゃないから』なんて言って断るのはたしかに気がひけるのぉ。」
「はい、お爺さん。わたくしは誰も悲しませたくはないのです。」
涼やかな風がかぐや姫の髪を揺らす。
美しく、そして優しい娘に育ってくれた。
翁は自慢の娘を誇らしい気持ちで見つめた。
静かな夜が流れていく。
庭の池には満月が淡い光を放ちながら、ゆらゆらと揺らめいている。
まるで宝玉のように。
宝玉…。
翁は、はっと思い付く。
「そうじゃ。ならば、結婚にあたって5人の貴公子たちにそれぞれ条件をつけるのはどうじゃろうか。結婚は幾多の困難に立ち向かわなければならんからのぉ。彼らにその覚悟があるかどうか試させてもらうことにしよう。」
かぐや姫は翁の方を振り返る。
その瞳には悲しみが滲んでいる。
「でも…それじゃあ、条件を満たしてしまったらわたくしはその殿方と…」
「なに心配するな、姫。ワシが出す条件はとても厳しい。そう簡単に大切な娘はやれんよ。」
翁は声を上げて笑うと、縁側にいるかぐや姫の横に腰掛け優しく微笑みかけた。
「不安になる気持ちもわかる。
ただな、本当にその条件を乗り越える者がおれば、きっと生涯命をかけて姫のことを守ってくれる頼もしい男のはずじゃ。
だから、そんな人物が現れたときはほんの少しでいい。結婚について考えてみてはどうじゃろうか?」
かぐや姫は黙り込む。2人はしばらく鈴虫の奏でる音色に耳を傾けていた。
「そうね…。ありがとう、お爺さん。」
かぐや姫は感情のこもらない声でそう呟くだけだった。
先ほどまで真っ白に輝いていた月が、次第に雲に覆われその姿を隠してしまった。
その光は輪郭だけをぼんやりと夜空に残した。
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