【R8熊本地震の記録 #16】8月12日――直観を、次の一手に〜「助けられ上手」と、まだ見えぬ道を照らす灯〜
地震発生から16日目。
災害ボランティアをしながら、TAO塾の通常業務をこなし、家庭生活があり、お盆の法要や初盆参りもある。
当然ながら、時間はいくらあっても足りない。
そんな時、ふと思い出した言葉がある。
今は亡き、稀代の自遊人にして伝説的なパーマカルチャリスト、デジャーデンゆかりさんがよく語っていた、
「助けられ上手になろう」
という言葉である。
自分でできることは自分でする。
それは大切だ。
しかし、自力に固執するあまり、すべてを自分一人で抱え込んでしまえば、いつか動けなくなる。
だから今は、できるだけ仕事を人に託すことにしている。
授業のテキストづくりにはAIの力も借りる。
ゲストハウスの掃除や洗濯、ベッドメイキングも人にお願いする。
カフェも一時休み、食品加工も支援活動の合間に行う。
菩提寺にも事情をご理解いただき、お盆の法要は早朝のご挨拶だけにしていただいた。
初盆参りも、一軒一軒の滞在時間を短くさせてもらった。
何しろ、力量不足、スタッフ不足の私である🥸
それでも何とか動き続けられているのは、家族、仲間、TAO塾の卒業生とその家族、地域の人たち、そして遠くから応援してくれる人たちのおかげである。
自力だけで生きている人など、どこにもいない。
「助けられ上手」というのは、単に人に頼る技術ではないのだと思う。
自分の限界を知り、人を信じ、託す。
そして、誰かの力を素直に受け取る。
それもまた、一つの「生きる力」なのだろう。
今年のお盆は、どうやら玄米ポンセン三昧になりそうである。
アトピーや食物アレルギーなど、災害時に「食べられるものがない」という困難を抱える人たちへ届ける、無農薬玄米と自然塩だけのポンセン。
焼く人がいる。
袋に詰める人がいる。
物資を運んでくれる若者たちがいる。
被災地では、信頼するNPOや防災士の仲間たちが待っている。
一人でできることなど、たかが知れている。
だからこそ、それぞれが「できること」を持ち寄る。
前回まで何度も書いてきた、
でくるこつを、でくるしこ。
その意味を、日を追うごとに実感している。
⸻
昨日は、10年前の熊本地震でも大変お世話になった、TAKEFU(竹布)を手がけるナファ生活研究所の相田雅彦さんがTAO塾を訪ねてくれた。
能登、広島、長崎と講演ツアーを続ける途中で熊本へ立ち寄り、今回の被災地やTAO塾の活動にも心を寄せてくださった。
相田さんとの付き合いも長い。
10年前の熊本地震の際には、東京で私の講演会を企画していただいた。
そこに、現在の熊本県知事・木村敬さんをはじめ、さまざまな方が参加してくださった。
その後、TAO塾が環境大臣賞をいただいた折には、当時総務官僚だった木村さんがお祝いしてくださり、さらに別の出会いへとつながっていった。
一つの出会いから、また次の出会いへ。
振り返ってみると、人生というものは、実に奇妙な連鎖でできている。
そして相田さんとのご縁には、なぜかいつも「直観」がついて回る。
以前、相田さんとの会話の中で、
「明日は僕の誕生日なんだ」
という言葉を聞いた瞬間だった。
なぜか突然、
「ウォン・ウィン・ツァンさんを相田さんに紹介したい!」
と思った。
理由はない。
頭で考えたわけでもない。
ただ、そう思った。
そこで、長年親しくさせていただいているピアニストのウォンさんに連絡すると、二つ返事でご夫妻そろって合流してくださった。
そして実に楽しい交流の一日となった。
あれは何だったのだろう。
昨日、TAO塾で相田さんと対談しながら、そんなことを思い出した。
話はTAKEFUの竹布フンドシから始まった(笑)。
ところが話しているうちに、
「竹をテーマに何か一緒にやろう!」
というところまで発展した。
その後は同じ釜の飯を食い、温泉に浸かって裸の付き合い。
夜はTAOスタディハウスでビールを飲みながら、さらに語る。
長崎・大村での幼少期。
大学時代。
そして哲学的な放浪生活。
気がつけば、三時間以上が過ぎていた。
そんな対話の中で、相田さんが語った一言が心に残った。
「ひらめきこそが、己の今生のミッションなのかもしれない」
という趣旨の言葉だった。
これには強く共感した。
思えば、冒頭に書いたデジャーデンゆかりさんとも、生前そんな話をしたことがある。
人生の大きな分岐点は、案外、合理的な計算によって選んだものではない。
損か得か。
成功するか失敗するか。
安全か危険か。
もちろん、そうした判断も必要である。
しかし、自分の人生を振り返ってみると、
「なぜか、こっちだと思った」
という選択が、その後の人生を大きく動かしている。
人との出会いもそうだ。
「あの人に会ってみたい」
「あの人と、この人をつないだら面白い」
「ここへ行ってみよう」
そんな根拠のない小さな衝動から、思いもよらない世界が開くことがある。
それを私たちは、
直観
と呼んでいるのかもしれない。
しかし、直観とは何も考えず、思いつきだけで動くことではないと思う。
これまで出会った人。
経験したこと。
読んだ本。
学んだこと。
成功したこと。
失敗したこと。
嬉しかったこと。
痛かったこと。
それらが自分の中で長い時間をかけて混ざり合う。
TAO塾流に言えば、
発酵する。
そして、ある瞬間、
「こっちだ」
と一つの方向が浮かび上がってくる。
そう考えると直観とは、
経験が発酵して生まれる知性
とも言えるのではないだろうか。
⸻
災害支援の現場でも、これはよく起こる。
災害時には、情報が完全にそろうことなどない。
昨日必要だったものが、今日は必要なくなる。
逆に、昨日まで見えなかったニーズが突然現れる。
すべてを調べ、完璧な計画を立て、全員の合意を得てから動いていたのでは、間に合わないこともある。
そんな時、
「ここへ届けた方がいい」
「あの人に連絡してみよう」
「この人と、この人をつなごう」
「今、自分がやるべきなのはこれだ」
と感じる瞬間がある。
もちろん、直観を万能視してはいけない。
現場の情報を集める。
専門家の意見を聞く。
安全を確認する。
冷静に考える。
その上でなお、最後の一歩を踏み出す時には、
自分の内側から聞こえてくる小さな声
に委ねるしかないことがある。
私は「直観」と「衝動」は違うと思っている。
衝動は、自分だけで突っ走ることがある。
しかし本当の直観は、むしろ周囲をよく見ている。
人の話を聴く。
現場を見る。
経験を思い出す。
そして、それらを一瞬のうちにつなぐ。
昨日まで書いてきた「人間交差点」とも、ここでつながる。
人と人が出会う。
経験と経験が交差する。
情報と情報がつながる。
その交差点から、
「次はこっちだ」
という新しい道が生まれる。
だから直観は、一人の頭の中だけから生まれるものではないのかもしれない。
人との出会いによって育てられ、
経験によって磨かれ、
そして必要な時に姿を現す。
そう考えると、
直観もまた、ご縁の産物である。
⸻
そしてもう一つ。
直観に従って動くためにも、「助けられ上手」であることが必要なのだと思う。
何もかも自分でやろうとしていたら、新しい一歩を踏み出す余白がなくなる。
人に任せる。
人を信じる。
助けてもらう。
そうして初めて、自分にしかできない次の一手へ向かうことができる。
自力を尽くし、他力に開く。
その往復の中で、人は前へ進むのだろう。
人生も災害支援も、すべてを見通してから歩き始めることなどできない。
地図のない道を歩くことの方が多い。
だから、
目の前の人に向き合う。
情報を集める。
経験に学ぶ。
人を頼る。
そして最後は、己の直観に耳を澄ます。
一歩踏み出す。
すると不思議なことに、その一歩の先で、また次の人に出会う。
その人との出会いから、また次の道が生まれる。
人生は、頭で描いた地図どおりには進まない。
直観とは、まだ見えぬ道を照らす小さな灯である。
その小さな灯を頼りに、
このお盆もポンセンを焼く。
人に助けてもらう。
誰かを助ける。
そして、必要ならまた被災地へ向かう。
でくるこつを、でくるしこ。
自力だけでもなく、
他力だけでもなく、
そして、ご縁のままに。
……とはいえ、身体には身体の直観もある。
昨夜は連日の睡眠不足で、強烈な睡魔が襲来。
「今日はもう寝ろ」
という、これ以上ないほど明確なメッセージであった(笑)。
これもまた、直観に従うことにして、お開きとなった。
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