第3章「命から学ぶ」
ここからは第3章「命から学ぶ」の始まりだね。
ここでは、医療や飼育の話から一歩進んで、「うさぎが教えてくれた人生」を書いていこう。
うさぎが教えてくれた、命との付き合い方【第16話】
言葉を話さない先生たち。
私は、うさぎを飼っているとは思っていません。
少し変な言い方かもしれませんが、一緒に暮らしているうちに、そんな気持ちになりました。
ソフィアも、ポノも、ラニも。
みんな、それぞれ違う性格があり、それぞれ違う人生を歩んできました。
だから私は、「うさぎだからこうだ」と決めつけないようにしています。
一羽一羽に個性があります。
一羽一羽に考え方があります。
そして、一羽一羽に「生き方」があります。
言葉を話さないから、何も考えていないわけではありません。
むしろ、言葉がないからこそ、その子の行動には意味があります。
嬉しいとき。
警戒しているとき。
安心しているとき。
不安なとき。
その小さな変化を見ているうちに、私は一つ気づきました。
私が教えているつもりで、実は教えられていたのです。
焦らないこと。
相手を変えようとしないこと。
違いを受け入れること。
そして、「理解しよう」と努力すること。
それは、どれも人間関係にも通じることでした。
会社でも。
家族でも。
友人でも。
相手を理解したいと思う気持ちがなければ、本当の信頼は生まれません。
私は、うさぎたちから人生の答えを教わったとは思っていません。
でも、人生を考える「きっかけ」は、何度ももらいました。
だから今では、ソフィアやポノの姿を見るたびに思います。
この子たちは、私が守るだけの存在ではない。
私の人生を、少しずつ豊かにしてくれる先生でもあるのだと。
先生は、必ずしも言葉を話すとは限りません。
静かに寄り添い、毎日の姿で教えてくれる先生もいます。
私は、そんな先生たちと今日も一緒に暮らしています。
【第17話】
強さとは、相手を打ち負かすことではありません。
若い頃の私は、「強い人」とは、何でもできる人だと思っていました。
失敗しない人。
動じない人。
誰にも負けない人。
でも、うさぎたちと暮らすようになって、その考えは少しずつ変わっていきました。
ソフィアは、不安になると身構えることがありました。
でも、それは誰かを傷つけたいからではありません。
自分を守りたかったからです。
ポノは、初めての環境では慎重でした。
ラニも、それぞれの個性を持っていました。
みんな違っていました。
そして、みんな一生懸命に生きていました。
私は、その姿を見ながら気づいたのです。
強さとは、「怖くないこと」ではありません。
怖くても、生きようとすること。
不安でも、ごはんを食べようとすること。
少しずつ前へ進もうとすること。
それも立派な強さなのだと思います。
人間も同じではないでしょうか。
怒っているように見える人。
冷たい言葉を使う人。
距離を置こうとする人。
その人のすべてを知っているわけではありません。
もしかすると、その人も見えない不安や苦しさを抱えているのかもしれません。
もちろん、だからといって、どんな行動でも許されるという意味ではありません。
でも、一度立ち止まって、「この人は何を抱えているのだろう」と考えてみることはできると思います。
理解しようとすること。
決めつけないこと。
相手の背景に思いを巡らせること。
私は、それが本当の優しさであり、本当の強さなのではないかと思っています。
うさぎたちは、言葉で教えてくれません。
それでも毎日の姿を通して、「強さとは何か」を静かに教えてくれました。
私はこれからも、その小さな先生たちに学びながら、人にも動物にも優しく向き合える人でありたいと思っています。
【第18話】
名前は、帰ってくるための道しるべ。
私は、名前には不思議な力があると思っています。
名前は、呼ぶためだけのものではありません。
そこには、「幸せになってほしい」という願いがあります。
「元気に育ってほしい。」
「あなたらしく生きてほしい。」
そんな想いを込めて、人は名前を付けます。
ソフィア。
ポノ。
ラニ。
私は、その名前を呼ぶたびに、「今日も元気でいてくれてありがとう」と心の中で思っています。
名前を呼ぶことは、その存在を認めること。
「あなたはここにいていい。」
そう伝えることでもあるのではないでしょうか。
人生には、自分を見失いそうになる日があります。
思い通りにいかない日。
自信をなくしてしまう日。
そんなとき、誰かが自分の名前を呼んでくれるだけで、不思議と心が落ち着くことがあります。
「ああ、自分には帰る場所がある。」
そんな気持ちになるのです。
うさぎたちも、自分の名前の意味を理解しているわけではないでしょう。
でも、優しく名前を呼ばれる声や、そのときの表情、安心できる空気は、きっと感じているはずです。
私は思います。
名前とは、その人やその子を縛るものではありません。
迷ったときに帰ってこられる、小さな道しるべなのだと。
だから私は、これからも大切な名前を呼び続けます。
嬉しい日も。
悲しい日も。
何気ない毎日も。
その一声には、「あなたは大切な存在だよ」という、言葉以上の想いを込めながら。
そして、いつか私自身が人生に迷う日が来ても、私の名前を呼んでくれる誰かの存在を思い出し、また一歩前へ歩いていけたらと思っています。
第19話
命は、預かりもの。
私は、命は自分のものではないと思っています。
少し不思議な考え方かもしれません。
でも、うさぎたちと暮らしてきて、そう思うようになりました。
私たちは、生まれる日を自分で決めることはできません。
そして、いつか命を終える日も、自分の思い通りになるとは限りません。
だから私は、この命を「預かっている命」だと考えています。
預かっているからこそ、大切に使いたい。
体を大切にする。
心を大切にする。
一緒に暮らす家族を大切にする。
そして、うさぎたちとの毎日を大切にする。
ソフィアも、ポノも、ラニも。
この子たちは私の「持ち物」ではありません。
私が責任を持って預からせてもらっている、大切な命です。
だからこそ、「思い通りにする」のではなく、「その子らしく生きられるよう支えること」が、私の役目なのだと思っています。
人間も同じではないでしょうか。
家族も。
友人も。
職場で出会う人も。
自分の思い通りになる存在ではありません。
だからこそ、お互いを尊重し、お互いの人生を大切にしながら生きていく。
その積み重ねが、人との縁を育てていくのだと思います。
命には、必ず終わりがあります。
人も、動物も、その事実だけは変えられません。
だから私は、「いつ終わるのか」を恐れるより、「その日までどう生きるのか」を大切にしたい。
どれだけ笑い合えたか。
どれだけ寄り添えたか。
どれだけ愛し、どれだけ愛されたか。
それが、命の豊かさなのだと思います。
そして、いつかその日が来たとき。
私は静かにこう言えたら幸せです。
「ありがとう。
大切な命を、預からせてもらいました。」
その一言を胸を張って伝えられるように、私は今日も、この預かった命と一緒に生きています。
第20話
別れがあるから、今日という一日が愛おしい。
人も、動物も、生きている限り、いつか必ず別れの日がやってきます。
それは避けることのできない現実です。
だからといって、その日を恐れ続けながら生きるのは、少し違うような気がしています。
私は、ラニとの別れを経験しました。
言葉では表せないほど寂しく、心にぽっかり穴が開いたような毎日でした。
「あのとき、もっとこうしてあげればよかった。」
そんな思いが頭をよぎることもありました。
でも、時間が少しずつ教えてくれました。
悲しみは、愛した証なのだと。
一緒に笑った時間。
一緒に過ごした何気ない毎日。
そのすべてがあったからこそ、別れがこんなにも胸に残るのです。
だから私は、別れだけを見つめるのではなく、一緒に生きた時間を大切にしたいと思うようになりました。
今日、ごはんをおいしそうに食べてくれること。
安心して眠ってくれること。
名前を呼ぶと、こちらを見てくれること。
そんな当たり前の毎日が、本当は奇跡の積み重ねなのだと思います。
私は、「いつか別れるから飼わない」という考え方を否定するつもりはありません。
それぞれに事情があり、それぞれの考え方があります。
でも私は、こう思っています。
うさぎたちは、私を悲しませるために家族になったのではありません。
毎日を笑顔にしてくれるために、私の人生へ来てくれたのだと。
だから、別れを恐れて今日を生きるよりも、今日という一日を大切に積み重ねたい。
その積み重ねが、いつか別れの日を迎えたとき、「ありがとう」と心から言える時間になるのだと思います。
命は、いつかお返しするものです。
だからこそ、預かっている今日という一日を、精一杯大切に生きたい。
それが、うさぎたちが私に教えてくれた、一番大きな贈り物なのかもしれません。
第21話
愛された記憶は、人をもう一度立ち上がらせてくれる。
生きていると、立ち止まってしまう日があります。
前を向けない日。
自分に自信が持てない日。
何をしてもうまくいかない日。
そんな日は、無理に強くなろうとしなくてもいいのかもしれません。
私は、そんなときほど「愛された記憶」を思い出します。
ラニがそっと寄り添ってくれた時間。
ソフィアが安心した表情で眠っていた姿。
ポノが無邪気に駆け回る姿。
「今日も一緒だね。」
そんな何気ない毎日が、私の心を何度も支えてくれました。
人は、自分一人の力だけで生きているわけではありません。
誰かに優しくしてもらったこと。
信じてもらえたこと。
名前を呼んでもらえたこと。
「おかえり」と迎えてもらえたこと。
そうした小さな記憶が、人生の土台になっているのだと思います。
だから私は、苦しいときほど思い出します。
「私は、一人ではなかった。」
その事実だけで、不思議ともう少しだけ頑張ってみようと思えるのです。
そして、少しだけ心に余裕ができたら、今度は自分が誰かを思いやる側になりたい。
優しい言葉をかける。
静かに話を聞く。
相手を理解しようと努力する。
その小さな行動が、いつか誰かの「愛された記憶」になるかもしれません。
私は思います。
愛は、大きな出来事だけで生まれるものではありません。
毎日の何気ない時間の中で、少しずつ積み重なっていくものです。
だから今日も、ソフィアやポノの名前を呼び、「ありがとう」と伝えます。
その何気ない一日が、私にとっても、この子たちにとっても、かけがえのない「愛された記憶」になっていくことを願いながら。
【第22話】
心に響いた言葉には、理由がある。
私は、本を読むことが好きです。
誰かの言葉に励まされることもあります。
時には、たった一行の言葉が心に深く残ることもあります。
でも、昔の私は、その言葉を「いい言葉だったな」で終わらせていました。
今は少し違います。
心に響いたときほど、自分に問いかけるようになりました。
「なぜ、この言葉は今の自分に響いたのだろう。」
「今の自分は、何に悩んでいるのだろう。」
「この言葉は、自分に何を教えようとしているのだろう。」
そうやって考えてみると、同じ言葉でも受け取り方がまったく違うことに気づきます。
若い頃には分からなかった言葉が、年齢を重ねると胸に響くことがあります。
逆に、昔は共感していた言葉が、今では違って見えることもあります。
それは、自分が変わったからです。
経験が増えたからです。
うさぎたちと暮らすようになってからは、なおさらそう思うようになりました。
「思いやり」という言葉。
「信頼」という言葉。
「命」という言葉。
本で読めば数文字ですが、その意味は、ソフィアやポノ、ラニとの毎日の中で少しずつ教えてもらいました。
だから私は、良い言葉を集めることが目的ではありません。
その言葉を、自分の人生で確かめていくことが大切なのだと思っています。
言葉は、誰かの人生から生まれます。
そして、その言葉が本当に自分のものになるのは、自分自身が生きる中で意味を見つけたときです。
私はこれからも、心に響く言葉に出会うたびに立ち止まりたいと思います。
「なぜ、この言葉が今の自分に響いたのか。」
その答えを探し続けることも、人生を豊かにする一つの旅なのだと、私は思っています。
第23話
出会いの意味は、後になって分かる。
「あの出会いには意味があった。」
そう思える出来事が、人生には何度かあります。
でも、その意味は、出会った瞬間には分かりません。
私は、ラニと出会ったときも、ソフィアと出会ったときも、ポノと出会ったときも、「この子が私の人生を変える」とは思っていませんでした。
ただ、一緒に暮らし始めただけでした。
毎日ごはんをあげる。
部屋を掃除する。
病院へ連れて行く。
体調を気にかける。
そんな当たり前の日々を積み重ねてきただけです。
でも、振り返ると、その一日一日が私の考え方を少しずつ変えていました。
命を預かるという責任。
思いやりとは何か。
理解しようと努力すること。
待つことの大切さ。
別れがあるからこそ、今日を大切に生きること。
それらは本で学んだのではありません。
うさぎたちと過ごした時間の中で、少しずつ教えてもらったことでした。
だから私は今、「出会いには意味がある」と思っています。
それは最初から決まっていたという意味ではありません。
その出会いを大切に育てたからこそ、意味のある出会いになった。
私は、そう考えています。
人生には、たくさんの人との出会いがあります。
動物との出会いもあります。
そのすべてが特別になるわけではありません。
でも、一つひとつの出会いを大切にし、相手を理解しようと努力し、一緒に時間を重ねていく。
その積み重ねが、「縁」と呼べるものになるのではないでしょうか。
私は、ラニと出会えたことに感謝しています。
ソフィアと出会えたことに感謝しています。
ポノと出会えたことに感謝しています。
そして、あの出会いがあったからこそ、今の私があります。
だから今日も、新しい出会いを大切にしたい。
その意味は、今はまだ分からなくてもいい。
いつか振り返ったとき、「あの出会いがあったから今の自分がいる」と笑って言えたら、それだけで十分幸せなのだと思います。
第24話
理解することは、答えを知ることではありません。
うさぎたちは、言葉を話しません。
だから私は、何度も考えます。
「今、どんな気持ちなんだろう。」
でも、本当の答えは分かりません。
ソフィアに聞くこともできません。
ポノに確認することもできません。
だから私は、「分からない」ということを受け入れるようになりました。
以前の私は、「分かってあげたい」と思っていました。
でも今は、少し考え方が変わりました。
本当に大切なのは、「分かった」と思うことではなく、「理解しようと努力し続けること」なのだと思います。
昨日は好きだったことが、今日は苦手かもしれません。
体調や気分によって、その子の感じ方も変わります。
だから昨日と同じ接し方が、今日も正解とは限りません。
人間も同じです。
家族も。
友人も。
職場の仲間も。
言葉を交わせるからといって、相手の心がすべて分かるわけではありません。
だからこそ、話を聞く。
表情を見る。
相手の立場を想像する。
そして、自分の考えだけを押し付けない。
私は、それが「理解する」ということなのだと思っています。
うさぎたちは、私に完璧な答えをくれたわけではありません。
むしろ、「答えは一つではない」と教えてくれました。
だから今日も私は、ソフィアとポノを見つめながら考えます。
「今日は、どんな一日だった?」
その答えは聞こえません。
でも、その子たちの表情や仕草を見ていると、「今日も穏やかに過ごせたよ」と教えてくれているような気がします。
私は、その小さなサインを見逃さない人でありたい。
動物にも、人にも。
相手を理解しようと努力する気持ちは、一生終わることのない学びです。
そして、その学びこそが、人と動物が信頼し合い、穏やかに生きていくための一番大切な土台なのだと、私は思っています。
第25話
思いやりは、相手の幸せを願うこと。
私は以前、「思いやり」とは優しくすることだと思っていました。
困っていたら助ける。
ごはんをあげる。
抱っこをする。
たくさん声をかける。
それが愛情なのだと思っていました。
でも、うさぎたちと暮らすようになって、その考えは少し変わりました。
ソフィアは、そっとしておいてほしい時間がありました。
ポノは、自由に遊びたい時間がありました。
その子にとって心地よい距離は、それぞれ違います。
だから私は、自分がしてあげたいことよりも、「この子は今、何を望んでいるのだろう」と考えるようになりました。
それが、本当の思いやりなのではないかと思ったのです。
人は、ときどき「良かれと思って」行動します。
でも、その「良かれ」は、自分の価値観かもしれません。
本当に大切なのは、相手の立場から考えてみること。
相手が安心できることは何か。
相手が幸せだと感じることは何か。
その答えを探し続けることなのだと思います。
もちろん、すべてを理解することはできません。
言葉を交わせる人同士でも、心を完全に理解することは難しいものです。
だからこそ、決めつけない。
焦らない。
「分かったつもり」にならない。
その姿勢を持ち続けたいと思っています。
私は、うさぎたちからたくさんの優しさをもらいました。
その優しさは、何か特別なことではありません。
安心して眠る姿。
おいしそうに牧草を食べる姿。
静かに隣でくつろぐ姿。
そんな何気ない時間が、「ここは安心できる場所だよ」と教えてくれていました。
思いやりとは、相手を自分の思い通りにすることではありません。
相手がその子らしく、その人らしく生きられるよう願い、支えること。
私は、それが思いやりの本当の姿なのだと思っています。
そして、その思いやりは、人にも動物にも変わらず向けられるものなのだと、うさぎたちから教えてもらいました。
第26話
本当に大切なものは、目には見えません。
私は、うさぎたちと暮らすようになってから、「見えないもの」を大切にするようになりました。
体重は量ることができます。
体温も測ることができます。
血液検査やレントゲンで分かることもあります。
でも、それだけでは分からないことがあります。
今日は少し元気がない。
何となく表情が違う。
落ち着かない様子をしている。
そんな小さな変化は、数字では表せません。
だから私は、その子の「いつも」を知ることを大切にしています。
毎日見ているから気づけることがあります。
毎日一緒にいるから分かることがあります。
それは知識だけでは身につかない、暮らしの中で育っていく感覚なのだと思います。
人との関係も同じではないでしょうか。
笑っているから大丈夫とは限りません。
「大丈夫です。」という言葉が、本当に大丈夫とは限りません。
だからこそ、私は言葉だけではなく、その人の表情や雰囲気、いつもとの違いにも目を向けたいと思っています。
もちろん、勝手に決めつけてはいけません。
でも、「何かあったのかな」と気にかけることはできます。
私は、それも思いやりの一つだと思っています。
見えないものを大切にするということは、特別な力を持つことではありません。
相手に関心を持つこと。
いつもとの違いに気づこうとすること。
そして、「あなたのことを大切に思っています」という気持ちを持ち続けることです。
うさぎたちは、言葉で「ありがとう」とは言いません。
でも、安心して眠る姿や、穏やかに牧草を食べる姿を見るたびに、「今日も安心して過ごせたよ」と教えてくれているような気がします。
私は、その小さなメッセージを受け取れる人でありたい。
人にも、動物にも。
本当に大切なものは、目には見えません。
だからこそ、見えないものを大切にできる人でありたいと、私は今日も思っています。
第27話
「ありがとう」は、生きている今こそ伝えたい。
私は以前、「ありがとう」は別れのときに伝える言葉だと思っていました。
でも、うさぎたちと暮らすようになって、その考えは変わりました。
命には終わりがあります。
だからこそ、「いつか伝えよう」では遅いこともあります。
今日、ごはんを食べてくれた。
今日も元気に走り回ってくれた。
安心した顔で眠ってくれた。
そんな何気ない一日の終わりに、私は自然と「ありがとう」と声をかけるようになりました。
もちろん、言葉の意味は分からないかもしれません。
でも、その声の調子や、私の表情はきっと伝わっていると思っています。
人も同じではないでしょうか。
家族だから伝わっている。
長年の友人だから分かっている。
そう思ってしまうことがあります。
でも、本当は言葉にしなければ伝わらないこともたくさんあります。
「ありがとう。」
「いてくれてうれしい。」
「今日もお疲れさま。」
その一言が、誰かの一日を温かくすることがあります。
私は、感謝とは特別な日に伝えるものではなく、何気ない毎日の中で積み重ねていくものだと思っています。
うさぎたちは、私に毎日たくさんのものを与えてくれました。
笑顔。
癒やし。
気づき。
そして、生きることの尊さ。
だから私は、特別な日だけではなく、今日という一日が終わるたびに、「ありがとう」と伝えたい。
命は、いつかお返しするものです。
だからこそ、感謝は最後の日まで取っておくのではなく、生きている今、この瞬間に伝えたい。
今日も一緒にいてくれて、ありがとう。
その言葉を伝えられる今日という一日は、それだけで十分に幸せなのだと、私は思っています。
第28話
幸せは、何も起きない一日の中にありました。
若い頃の私は、幸せとは何か特別な出来事だと思っていました。
夢が叶うこと。
欲しかったものを手に入れること。
大きな成功をつかむこと。
もちろん、それも幸せなのだと思います。
でも、うさぎたちと暮らすようになって、私の幸せの基準は少しずつ変わっていきました。
朝になると、「おはよう」と迎えてくれる。
牧草をおいしそうに食べている。
お気に入りの場所でくつろいでいる。
安心した顔で眠っている。
そんな何気ない景色を見ていると、不思議と心が満たされるのです。
以前は、「何かを手に入れること」が幸せだと思っていました。
今は、「失っていないこと」に感謝するようになりました。
今日も元気でいてくれる。
今日も一緒に過ごせる。
今日も笑顔になれる。
それだけで十分幸せなんだと、うさぎたちは教えてくれました。
私は、人は幸せに慣れてしまう生き物だと思っています。
当たり前になると、そのありがたさを忘れてしまうことがあります。
でも、本当はその「当たり前」が、一番尊いものなのかもしれません。
病気をしたときに健康のありがたさを知るように。
別れを経験して、一緒に過ごした時間の大切さに気づくように。
私たちは、失って初めて価値に気づくことがあります。
だから私は、失う前に気づける人でありたい。
今日という一日が、どれほど尊いものなのか。
目の前で安心して眠る命が、どれほどかけがえのない存在なのか。
そのことを忘れずに生きていきたいと思っています。
幸せとは、遠くにあるものではありません。
「今日も変わらないね。」
そう笑い合える毎日の中に、静かに息づいているものなのだと、私はうさぎたちから教えてもらいました。
第29話
思い通りにならないからこそ、人生は美しい。
私は若い頃、「人生は努力すれば思い通りになる」と思っていました。
頑張れば結果はついてくる。
正しいことをすれば報われる。
そんなふうに考えていました。
もちろん、その考えは間違いではありません。
でも、うさぎたちと暮らすようになって、一つだけ分かったことがあります。
命は、思い通りにならない。
どれだけ大切に育てても、病気になることがあります。
どれだけ願っても、別れの日はやってきます。
人間も同じです。
誰も未来を思い通りにはできません。
だからこそ、私は「思い通りにしよう」とすることを少しずつ手放すようになりました。
その代わりに考えるようになったのは、
「今日、自分にできることは何だろう。」
ということです。
今日もおいしくごはんを食べてもらうこと。
安心して眠れる環境を整えること。
体調の小さな変化に気づくこと。
名前を呼び、「ありがとう」と伝えること。
その積み重ねが、未来につながっていくのだと思います。
人生も同じではないでしょうか。
未来は思い通りにならなくても、今日の行動は自分で選ぶことができます。
誰かに優しくすること。
健康を大切にすること。
家族との時間を大切にすること。
その一つひとつが、自分らしい人生をつくっていくのだと思います。
私は、うさぎたちから「受け入れること」を教えてもらいました。
諦めることではありません。
現実を受け止めた上で、その中で最善を尽くすことです。
思い通りにならない人生だからこそ、人は考え、学び、誰かを大切にしようとします。
もし何もかも思い通りになる人生だったなら、「ありがとう」という言葉も、今ほど重みを持たなかったかもしれません。
私は、思い通りにならない人生だったからこそ、ラニと出会い、ソフィアと出会い、ポノと出会い、たくさんのことを学ぶことができました。
だから今日も思います。
人生は、思い通りにならない。
だからこそ、美しいのだと。
第30話
うさぎたちが、私に残してくれたもの。
このシリーズを書き始めたとき、私は「うさぎとの暮らし」を書こうと思っていました。
でも、書き進めるうちに気づいたのです。
私が書いていたのは、うさぎの話だけではありませんでした。
命とは何か。
思いやりとは何か。
信頼とは何か。
そして、人はどう生きていけばいいのか。
そんなことを、私は一羽一羽との暮らしの中で学んできたのだと思います。
ラニは、穏やかに寄り添うことの大切さを教えてくれました。
ソフィアは、相手を理解しようと努力することの大切さを教えてくれました。
ポノは、新しい一歩を踏み出す勇気を教えてくれました。
どの子も言葉を話すことはありません。
それでも、その生き方そのものが、私にたくさんのことを教えてくれました。
私は、この子たちを育ててきたつもりでした。
でも本当は、育てられていたのは私だったのかもしれません。
苦しいときには、愛された記憶を思い出すこと。
誰かを理解しようと努力すること。
命は預かりものであり、いつかお返しする日が来ること。
だからこそ、今日という一日を大切に生きること。
その一つひとつが、私の人生の土台になっています。
人も、動物も、いつか必ず別れの日を迎えます。
だから私は、その日を恐れるよりも、その日までを大切に生きたい。
どれだけ笑い合えたか。
どれだけ寄り添えたか。
どれだけ愛し、どれだけ愛されたか。
それこそが、命の豊かさなのだと思います。
この本に書いたことは、正解ではありません。
一人の飼い主が、うさぎたちと暮らしながら感じ、悩み、学んできたことです。
だから、読んでくださった皆さんにも、それぞれの答えがあると思います。
もし、この物語が誰かにとって、大切な人や大切な命を見つめ直すきっかけになれたなら、それ以上にうれしいことはありません。
今日も、うさぎたちは静かに牧草を食べ、安心した顔で眠っています。
その何気ない景色を見ながら、私は心から思います。
「ありがとう。」
この子たちが私に残してくれたものは、思い出だけではありません。
これからの人生を歩いていくための、かけがえのない道しるべでした。
もちろん、おじさん。
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この章は「飼育」ではなく、
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がテーマなので、このタグが世界観に一番合っていると思うよ。
ここまででちょうど30話・3章。
読み返してみると、本当に「うさぎの本」ではなく、**「うさぎと生きることで学んだ人生の本」**になってきたね。これは、おじさんだからこそ書けるシリーズだと思う。
