源氏巻を食べたい。でも、津和野は遠い。
うん、ここまでの話なら、「小学生の頃に津和野で源氏巻に衝撃を受けた記憶」→「津和野という町の原風景」→「北九州から行くと山口県が長い」→「それでも源氏巻は食べたいから、今は百貨店で買う」という流れで一本にできるね。
源氏巻を食べたい。でも、津和野は遠い。

おじさんには、小学生の頃に食べて、今でも妙に記憶に残っているお菓子がある。
それが、津和野の「源氏巻」だ。
最初に食べたとき、たぶん普通の饅頭だと思っていた。
だって、日本には「あんこの入ったおまんじゅう」なんて、全国どこにでもある。
丸い皮の中にあんこが入っている。
温泉地に行けば温泉まんじゅうがあるし、旅先に行けば、その土地独自の饅頭がある。
だから小学生のおじさんの中では、
「饅頭=丸いもの」
くらいの認識だったんだと思う。
ところが津和野で出会った源氏巻は違った。
薄い生地。
その中にあんこ。
そして、それをくるっと巻いている。
「なんだ、これ?」
子ども心に、ちょっとした衝撃だった。
しかも、うまい。
これがまた、うまい。
薄い生地だから、普通の饅頭とは食感が違う。
あんこの存在感もちゃんとある。
見た目だけを考えれば、どこかクレープみたいでもある。
「これ、和菓子なのにクレープみたいじゃん」
今考えると、そんな感覚だったのかもしれない。
もちろん洋菓子のクレープとは全然違う。
でも、薄い生地で何かを包んで食べるという構造は、子どもからすると十分に「クレープっぽい」。
そして面白いのは、こういう「あんこを薄い生地で包む」という発想が、日本各地の和菓子にも見られることだ。
土地が変われば、あんこの包み方も変わる。
生地も変わる。
焼き方も変わる。
甘さも変わる。
同じ「あんこ」でも、その土地の文化によって姿が変わっていく。
そう考えると、源氏巻というお菓子は、単なるお土産ではない。
津和野という土地が作った、ひとつの文化なんだと思う。
津和野という町
そして源氏巻を思い出すと、必ず津和野の町そのものも思い出す。
津和野は、山の中にある城下町だ。
古い町並みが残っていて、水路があって、寺や神社があって、昔ながらの雰囲気がある。
おじさんが小学生だった頃には、そういうものを「日本の原風景」なんて言葉では考えていなかった。
ただ、
「なんか昔の町みたいだな」
くらいだったと思う。
でも大人になってから振り返ると、あれはかなり貴重な風景だったんだなと思う。
現代の町は、どこへ行っても便利になった。
コンビニがある。
大きな道路がある。
全国チェーンの店がある。
スマートフォンがある。
インターネットがある。
それはもちろん便利だ。
でも、便利になったからこそ、昔の町の姿が残っている場所を見ると、妙に懐かしく感じる。
津和野には、そういう「古き良き日本」の雰囲気があった。
そして、その町で食べたものが源氏巻だった。
これが強い。
町並みだけなら、写真を見て終わることもある。
でも食べ物は違う。
味覚は記憶に残る。
「あのとき食べた、あの味」
というものは、何十年経っても突然よみがえる。
だからおじさんにとって源氏巻は、津和野の景色とセットになっている。
ところで、北九州から津和野は遠い
ただし、ここで現実問題がある。
津和野、遠い。
いや、本当に遠い。
北九州から見ると、山口県が長い。
これは山口県民をディスっているわけではない。
ここは大事なので言っておきたい。
むしろ、
「下関が近すぎる」
のである。
北九州から下関なんて、本当にすぐそこだ。
関門海峡を越えれば、もう山口県。
だから福岡県民の感覚としては、
「よし、山口県に入ったぞ」
というより、
「はい、下関」
くらいの感じだったりする。
ところが、そこからが長い。
山口市へ向かう。
さらに先へ行く。
そして津和野を目指す。
「まだ山口県か」
となる。
しかも途中には美祢もある。
美祢。
そう、美祢市。
この辺りは石灰石の産地としても知られていて、セメント産業とも深い関係がある地域だ。
北九州から車で走っていると、こういう土地の名前が次々に出てくる。
そして道路を走っていると、
「この先、どっちだっけ?」
となるような分岐もある。
山陽側へ行くのか。
山陰側へ行くのか。
「ああ、こっからまた始まるのか」
という感覚になる。
岩国まで行ったときもそうだ。
「もう岩国まで来たぞ」
と思う。
錦帯橋もある。
かなり遠くまで来た感じがする。
ところが、その先にはさらに宮島がある。
厳島神社へ行こうと思えば、そこからまた移動する。
運転している側からすると、
「山口県、横に長すぎんか?」
と思ってしまう。
もちろん山口県が悪いわけではない。
地図を見れば分かる。
地形もある。
道路もある。
都市の配置もある。
ただ、北九州を出発点にして実際に車を走らせると、その距離感がものすごくよく分かる。
下関が近いからこそ、その先が長く感じるのだ。
それでも、源氏巻は食べたい
そんなわけで、
「津和野に源氏巻を食べに行こう」
と思っても、なかなか気軽には行けない。
小学生の頃なら、家族で連れて行ってもらうしかない。
大人になった今なら自分で運転できる。
でも、できることと、気軽にできることは違う。
北九州から津和野。
これは、
「ちょっと甘いもの買ってくるか」
という距離ではない。
「今日は津和野へ行くぞ」
と、それなりに覚悟して出発する距離だ。
だから、おじさんはどうしているか。
百貨店で買っている。
これが現代文明のありがたいところだ。
津和野まで行かなくても、百貨店の催事や地方物産のコーナーなどで、源氏巻に出会えることがある。
「ああ、源氏巻あるじゃん」
となる。
そして買う。
食べる。
うまい。
それでいい。
もちろん、本場の津和野で食べるのとは違う。
津和野の町を歩いて、その空気を感じて、昔の記憶を思い出しながら食べる源氏巻は、また別の味だと思う。
でも、今の生活の中で源氏巻を食べられるというのは、それだけでもありがたい。
昔は、
「津和野へ行かないと食べられない」
だったものが、
今は、
「百貨店で見つけたら買える」
になった。
これも時代の変化だ。
お菓子は土地の記憶を運んでくる
考えてみると、地方のお菓子って面白い。
全国どこにでも饅頭がある。
でも、同じものではない。
その土地の歴史がある。
その土地の材料がある。
その土地の職人がいる。
その土地の人たちが食べ続けてきた時間がある。
そして、それが観光客によって外へ運ばれていく。
源氏巻もそうだ。
津和野という町から生まれたお菓子が、北九州の百貨店までやってくる。
おじさんは津和野まで行かなくても、そこで買うことができる。
そして一口食べれば、小学生の頃の津和野を思い出す。
これって、ちょっと考えるとすごいことだ。
お菓子一個が、何十年も前の記憶を運んでくる。
町並みも、歴史も、旅の記憶も、全部そこにくっついている。
だから、おじさんにとって源氏巻は、
「ただのあんこ菓子」
ではない。
「昔の津和野を思い出すスイッチ」
なんだと思う。
そして今なら、百貨店でそれを買える。
「津和野、遠いんだよなあ」
と思いながら、源氏巻を食べる。
それでいい。
いつかまた津和野まで行くことができたら、そのときは現地で食べればいい。
そのときには、小学生だった頃のおじさんが見た津和野と、今のおじさんが見る津和野は、きっと違って見える。
でも、源氏巻を一口食べた瞬間だけは、
「ああ、これだ」
となるのかもしれない。
津和野は遠い。
でも、
源氏巻は食べたい。
だから今日は百貨店で買う。
それが、北九州に住むおじさんと津和野をつなぐ、ちょっと不思議な距離感なのである。
こういう感じなら、「源氏巻の思い出」を中心にしながら、津和野の町・山口県の長さ・北九州からの距離感まで自然につながると思う。
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