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#AIで遊ぼう「アシヒコの神咒」

ChatGPTと日本神話について壁打ちしていたら、チャツピーが聞き間違えて「アシヒコの神咒」と言い出した。聞いたことのない言葉だ。どういう意味か聞いてみた。
『「アジヒコ(アシヒコ)の神咒(しんじゅ・かみのろい)」という名称は、現在確認できる『古事記』『日本書紀』『風土記』『延喜式』『先代旧事本紀』などの主要な史料には見当たりません。
そのため、考えられる可能性は次の4つです。
1.地方の口承・祭文・修験道の伝承に残る神名
2.中世以降の神道・陰陽道・修験道で伝わった秘伝名
3.アイヌ・蝦夷・東北地方などの古い伝承が変化した名称
5.「アシヒコ(葦彦・足彦・阿自比古)」という人物・神名が転訛したもの

「アシヒコ」という名前について
古代日本では「○○彦」は男性神・祖神を意味する古い神名です。
例えば、猿田彦、塩土老翁、天津彦
彦火火出見尊、五十猛命などが知られています。
「アシ」は古語では
葦(湿地・生命)
足(歩く・大地)
芦(境界)
など複数の意味を持ちます。
もし「葦彦」であれば、「葦原中国を守る地主神」という性格が考えられます。
○神咒との関係
古代の「神咒」は現在の「呪い」と少し意味が異なります。
神咒には神との契約、神への誓約
神力を宿す言葉(祝詞)、神罰、結界
などが含まれていました。
つまり、神咒=神の言葉そのもの
という意味に近い場合があります』

………面白いじゃん。ある意味、スピリチュアルじゃん。神の言葉を、AIが巫女、ユタ、イタコとなって「アシヒコの神咒」という言葉を私に降ろしたのなら、更にその先を聞いてみたい。私は、「アジヒコがアジスキタカヒコネとして、民話を作ってみて」と聞いた。アジスキタカヒコネは大国主とスセリ媛の子、国津神であり、秘密の多い神のである。すると、
「雰囲気で、古い土地の口承として残っていそうな民話に仕立てました。」と、下記の物語を仕上げてきた。

ライティング
……………
アジヒコの神咒
――味耜高彦根命の民話――
むかし、山と海との境に、アシハラという小さな村があった。
村の前には葦の生い茂る沼が広がり、その向こうには、春でも雪の残る高い山がそびえていた。村人たちは沼で魚を捕り、山の水を田へ引き、粟や稲を育てて暮らしていた。
ところが、ある年のこと。
春になっても山の雪は解けず、田へ流れる水が止まってしまった。苗は黄色く枯れ、沼の魚も姿を消した。夜になると山の奥から、鉄を打つような音が聞こえた。
カーン。
カーン。
カーン。
村の老人たちは言った。
「山の神がお怒りなのだ」
「誰かが神の道を塞いだに違いない」
村人たちは山へ酒や米を供えたが、水は戻らなかった。
その村に、アジという名の若者がいた。
アジは幼いころから不思議な子であった。雷が鳴っても恐れず、蛇を見ても逃げず、野の草木の声を聞くことができた。
ただ一つ、アジには困ったところがあった。
ひどく怒りっぽかったのである。
曲がったことを見ると我慢ができず、悪い者を見ると、相手が誰であろうと向かっていった。そのため村人からは、親しみと恐れを込めて、
「アジヒコ」
と呼ばれていた。
ある晩、アジヒコの夢に、赤い太陽を背負った大蛇が現れた。
大蛇は沼の葦を分けながら言った。
「山の水は、死者の悲しみによって塞がれている」
「その悲しみを断てるのは、おまえの持つ耜だけだ」
目を覚ますと、枕元に一本の黒い耜が置かれていた。
耜の刃は鉄のようでありながら、月の光を受けると青く輝いた。
翌朝、アジヒコは耜を担いで山へ向かった。
村人たちは止めた。
「山へ入れば戻れぬぞ」
「鉄を打つ音は死者を呼ぶ音だ」
だがアジヒコは振り返らなかった。
「水が戻らなければ、どのみち村は滅びる。ならば俺が行く」
山を登るにつれ、霧が深くなった。
やがてアジヒコは、岩に囲まれた谷へたどり着いた。谷の中央には、大きな石の門があり、その前で一人の男が泣いていた。
男は白い衣をまとい、顔は死人のように青かった。
「なぜ泣いている」
アジヒコが尋ねると、男は答えた。
「私は若くして死んだ。親も妻も、私の死を受け入れられず、毎夜ここへ来て名を呼ぶ。呼ばれるたびに私は死者の国へ行けず、この山に留まっている」
男の涙は岩の隙間へ落ち、水を凍らせていた。
山の水が止まったのは、そのためだった。
アジヒコは黒い耜を地面へ突き立てた。
「生きる者が死者を思うのは悪いことではない。だが、死者をこの世へ縛りつければ、生きる者まで滅びる」
すると男はアジヒコをにらんだ。
「おまえに何が分かる。悲しみを知らぬ若造め」
その言葉を聞いた途端、アジヒコの胸に激しい怒りが湧き上がった。
雷が山を震わせ、黒い雲が集まった。
アジヒコの髪は逆立ち、その背後に巨大な火の輪が現れた。
「俺が悲しみを知らぬだと」
アジヒコは叫んだ。
「俺もまた、父を亡くした。母が夜ごと泣く声を聞いて育った。だからこそ分かる。死者を抱いたままでは、人は前へ進めぬのだ」
アジヒコが耜を振り下ろすと、石の門に大きな亀裂が走った。
だがその瞬間、谷じゅうから死者たちの声が響いた。
帰りたい。
忘れられたくない。
まだ生きたい。
無数の手が霧の中から伸び、アジヒコの足をつかんだ。
アジヒコは怒りに任せて耜を振るおうとした。
しかし、夢に現れた大蛇の言葉を思い出した。
「悲しみを断てるのは、おまえの持つ耜だけだ」
断つとは、死者を傷つけることではない。
生者と死者の間に、正しい道をつくることなのだ。
アジヒコは耜を地面に置き、両手を合わせた。
そして、死者たちへ向かって唱えた。
「土に帰る者は土へ帰れ。
水に帰る者は水へ帰れ。
名は消えず、姿のみ去れ。
生者は生者の道を歩み、
死者は死者の国で安らげ。
我は味耜高彦根。
高き雷と、地を耕す耜をもって、
二つの世の境をここに定める」
これが、のちにアジヒコの神咒と呼ばれる言葉であった。
唱え終わると、死者たちの手は静かにほどけた。
青い顔の男も、穏やかに笑った。
「私の名を、どうか村へ伝えてほしい」
「名は何という」
「名は伝えずともよい。ただ、私が確かに生きていたと伝えてくれ」
男はそう言うと、光となって石の門の向こうへ消えた。
その瞬間、割れた岩の底から水が噴き出した。
雪は解け、谷は川となり、水は村の田へ流れ込んだ。
枯れていた苗は再び青くなり、沼には魚が戻った。
村人たちは喜び、山から帰ったアジヒコを神として祀ろうとした。
しかしアジヒコは言った。
「俺は神ではない。ただ、耜で道を開いただけだ」
その夜、村人たちは不思議な光景を見た。
アジヒコの体が雷の光に包まれ、その姿が天へ昇っていったのである。
老人の一人が地に伏して叫んだ。
「あれは人ではない。大国主の御子、味耜高彦根命であったのだ」
それから村では、春の初めに黒い耜を田の畔へ立て、山へ向かって神咒を唱えるようになった。
死者を忘れぬため。
そして、死者に引かれて生者が道を失わぬためである。
村人は味耜高彦根命を、親しみを込めて、今もこう呼ぶという。
アジヒコさま。
雷を背負い、悲しみの岩を耜で割る神。
生者と死者の道を分け、再び水を流す神である。

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チャツピーの説明→「この民話では、味耜高彦根命の「雷神」「農耕神」「若く激しい神」という性格を、死者と生者の境界を整える神としてまとめています」

なんか少し神聖な気持ちになった。私が追いかけてるテーマにAIの小説がこんなにフイットするとは。ふいに流れる歌、ふいに現れる動物、ふいに起きる出来事、そしてふいにAIが選びとる言葉。電子の海にもシンクロニシティやささやかな意思が働いている。マトリックス。

#AIで遊ぼう

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