【掌編】引き出しの蝉
夏は一番苦手だが、好きな季節だ。
むっとした熱気は苦手だが、それに伴って訪れる、胸沸き立つ感覚がわたしは好きだった。
プールの授業は苦手だが、休みの日に行くプールは好きだった。
飛んでいる蝉は苦手だが、蝉の抜け殻を集めるのは大好きだった。
子どもの頃、蝉の声を聞くと心が浮き立った。
今年はどのくらい多くの抜け殻を集められるだろう。
「去年より多く集めるぞ!」
わたしはやる気に満ちていた。
ひとつ拾って、引き出しに入れる。またひとつ拾っては、引き出しに入れる。
「目標達成だ!」
夏休みが終わる頃には引き出しいっぱいになった抜け殻を、わたしは誇らしい達成感で胸をいっぱいにして眺めた。
秋になり、部屋を掃除に来た母が引き出しを開けて悲鳴をあげた。
「今すぐ捨てなさい!」
わたしは、おとなしく母の言うことを聞いた。
ゴミ袋の中に抜け殻を捨てた。
あれほど必死に集めていた宝物が、ぽさっとしたただの殻に変わっていた。
袋の口を閉じると、何も感じなくなった。
また夏が来て、蝉の声が聞こえる。
どうしたのだろう。あんなにわくわくしたはずなのに。
ミーンミーンという鳴き声が耳についてわずらわしい。
ただでさえ暑いのに、イライラしてしょうがない。
ああ、そうか。
私が蝉の抜け殻とともに捨てたのは、夏への親しみだったのだ。
今の私は、夏が一番嫌いだ。
風まかせ文芸部さんの企画に参加させていただきました。
幼い頃の夏の思い出を思い起こしてみました。
よろしくお願いいたします。
