「それ、思い込みかもしれないよ」と空海さんは言った。〜“密”なる自己対話〜
こんにちは。ピアノ講師、メンタルコーチの One Heart です。
今週も、読みにきてくれて、ありがとうございます。
スキやコメント、新しくフォローしてくれた方や
フォトギャラリーの画像を使ってくれた方々、
有料note・マガジンを購入してくれた方々にも、心から感謝します。
忙しい日々のなかに、
自分を取り戻す、ご自愛の時間が生まれますように。
今回のnoteは、マガジン『“密”なる自己対話』のひとつとしてお届けします。
“外”に答えを探す前に、そっと“内側”に耳を澄ませてみる・・・。
そんな小さな自己対話の時間なりますように。
°⌖꙳✧˖°
なにも予定がないはずの休日なのに、なんだか心がザワつく夜・・・。
いつもよりゆっくり過ごしたはずなのに、
気づけば、「これでよかったのかな」と考えていたり、
なんとなくスマホを開いて、誰かの投稿をながめて比べてしまったり。
3連休の中日。
明日も休みとわかっていても、心はなぜか落ち着かない。
そんなときにふと読み返したくなるのが、仏教のことばです。
今夜はその中から・・・
遠離一切顛倒夢想(おんり いっさい てんどうむそう)
「すべての思い込みから、そっと距離をおく」
という、とても静かな教えをお届けします。
空海さんだったら、
この言葉をどんなふうに、わたしたちの日常に訳してくれるでしょうか。
°⌖꙳✧˖°
仏教って、たまにすごく鋭いことをサラッと言うんです。
たとえばこの言葉。
遠離一切顛倒夢想(おんり いっさい てんどうむそう)
「すべての逆さまの夢から、離れていく」
「顛倒夢想(てんどうむそう)」という言葉は、直訳すれば「逆さまの夢」ですが、日常に置きかえると「思い込み」や「すれ違った認識」とも捉えることができると思います。
この記事では場面に応じて、どちらの表現も使っていますが、意味は同じと捉えてくださいね。
言葉だけ見ると、ちょっと堅いし、なんだか遠い世界の話に聞こえますよね。
でも実はこれ、「わたしたちが無意識のうちに握っている“思い込み”や“勘違い”から自由になっていく」っていう、すごくやさしい視点なんです。
たとえばこんなふうに思ったこと、ありませんか?
「ちゃんとしなきゃ、迷惑をかけちゃう」
「まだまだ頑張らなきゃ、わたしなんて」
「わたしがしっかりしないと、全部うまくいかない」
「こんな自分じゃ、誰にも認めてもらえないかも」
・・・それ、ほんとうに“真実”でしょうか?
仏教では、こうした「思考のクセ」や「自分でつくった物語」のことを “顛倒夢想(てんどうむそう)”と呼びます。
つまり・・・
「ほんとうは、そうじゃないかもしれないのに、そうだと思い込んでしまっている夢」なんです。
そして仏教は、こうも言います。
「離れなさい」とは言ってない。
「遠離(おんり)」・・・
それは、“そっと距離を置いてみる”ということ。
「なんか、ちょっと違うかも」
「それ、わたしの声じゃない気がする」
そんなふうに、小さな違和感に気づくこと。
その瞬間から、もう“遠離”が始まっているんです。
「思い込みを手放す」っていうと、
すごく頑張らないとできないような気がしてしまうけど、
仏教はこう言います。
無理に変えようとしなくていい。
ただ、“気づけばいい”。
今夜、少し立ち止まって、
「わたし、なにを握ってたかな?」って見つめてみるだけで、
すこしずつ“顛倒夢想”はほどけていきます。
その“思い込み”、わたしもやってたかもしれない
たとえば、こんな場面に心当たりはありませんか?
✧SNSでのひとコマ
何気なくInstagramを眺めていたら、
素敵な部屋、整った暮らし、オシャレなランチ、楽しそうな家族写真・・・
「わたし、なんでこんなにテキトーなんだろう」って、
ふと自分を責めたくなった。
✧仕事や活動でのひとコマ
がんばって続けているのに、手応えがない。
「これって意味あるのかな・・・」と不安になったとき、
他人の“成果”がすごくまぶしく見えた。
「やっぱりわたしには無理かも」と、
小さく自分を否定しはじめていた。
✧人との関わりでのひとコマ
「ありがとう」と言われたくて無理して笑ったり、
「ちゃんとしてるね」と思われたくて、余計なことまで引き受けたり。
なのに感謝されないと、なぜかイライラしたり、落ち込んだり。
・・・それって、「認められたい」が強くなりすぎてたのかもしれない。
こういう瞬間って、
どれも「自分なりにがんばってる」のに、
なぜか苦しくなってしまう。
でもそれ、
もしかすると・・・
顛倒夢想(てんどうむそう)
=「思い込み」や「すりこまれた正しさ」に、心が引っ張られていた
そんな状態だったのかもしれません。
でもね、ここがとても大事なんです。
💡「あれ?なんか苦しいな」
そう気づいた瞬間から、すでに“遠離”が始まっている。
思い込みにどっぷり浸かっているときには、
「これが当たり前」「これが正解」だと思ってるから、そもそも“気づけない”んです。
だから、
違和感に気づけたあなたは、もう大丈夫。(ほぼほぼ完了です、笑)
仏教は、“無理に手放す必要はない”とも言っています。
ただ、“そこにあることに気づけばいい”。
それだけで、思い込みは少しずつ、ほどけていくのです。
✧✧✧
思い込みをそっと見つめてみる
ここまで読んでくれたあなたは、
もう「顛倒夢想(てんどうむそう)」に気づく目を持っています。
だからこそ、今のこのタイミングで
自分にそっと問いかけてみませんか。
🖊 ジャーナリングのひとこと
「わたしの“顛倒夢想”は、何だった?」
(例:誰かと比べること? 頑張りすぎるクセ? 「こうあるべき」という思い?)「本当は、どうしたい?」
(例:それをやめたら、どんなふうに過ごせそう?)「空海さんだったら、なんて言うだろう?」
(例:きっと、怒ったり責めたりはしないはず)
深く書かなくてもかまいません。
1分だけでも、ノートやメモに、思いついたことをひとことだけ。
書いたら、ポイっと捨ててもOK。
書けなかったとしても、「あ、そうか」と気づくだけで十分です。
思い込みは、戦って消すものではなく、
やさしく見つめることで、自然にゆるんでいくのですから。
✧✧✧
「本当のわたし」は、いつだって“顛倒夢想”の外にいる。
なんとなく重たく感じていた心も、
それは“わたし”じゃなくて、思い込みがかぶっていただけだと気づくこと。
月曜を迎える前に・・・いや、次の一歩を踏み出す前に。
その思い込みを、そっと一枚ぬいでみよう。
少し軽くなったわたしで、今夜は眠りにつこう。
おわりに。
『密なる自己対話』では、仏教のことばをやさしく翻訳していきます。
次回は、「すでにある」という視点から、
空海さんのことばをひもといていきますね。
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