釜山・影島で過ごす12月のとある日
プロローグ〜2024年12月〜
影島(ヨンド)は綺麗だった。あの旅で私が一番気に入った土地かもしれない。
ちょうど韓国国内が戒厳令の混乱を引きずっていた2024年の12月、私は韓国を訪れた。
今回紹介する影島は、韓国南部の都市・釜山の中心地のひとつである南浦から、影島大橋を渡るだけのすぐ近くに位置している。
釜山の甘い空を見た
影島には、国立海洋博物館がある。影島からさらに橋を渡った隣の島に韓国海洋大学校もあり、海と関連の強い土地柄がわかる。釜山自体、東アジア有数の港湾都市として機能しており、コンテナに関しては最大級のハブ港というのも強みだ。
今回、釜山に到着してまもなく、私は海洋博物館を訪れるため、影島に足を踏み入れた。
海洋博物館までのバスの道のりがすでに穏やかな空気をまとっており、私は影島を気に入り始めていた。
海洋博物館までは影島大橋からアップダウンのある道のりだが、海洋博物館を目前にして、突然視界が開ける。そうして目前に海が見えるのだ。
博物館の展示内容も興味深かった。
亀甲船の展示にまるまる一部屋が割かれていることにお国柄を感じたかと思えば、朝鮮通信使の特集もあり、日本をはじめアジア諸国との海上交易の歴史を学べる展示には特に興味をひかれた。
ビジュアルを重視した展示も多く、特別専門性を求めていなくても楽しめる展示内容だった。
そんな海洋博物館を後にしたのは17時過ぎ。冬の釜山では日没間近だった。
その時の空がとても綺麗だったのだ。

水色とピンクが混ざり合う中に、ほのかにオレンジが顔を出す。
なんとも形容し難い、美しい空だった。
おそらく日本でも同じような空の色を見たことはあるのだろうが、初めて訪れた釜山で見たこの空は忘れられない。

刻一刻と変わる空が昼の終わりを告げる。
ゆっくりと過ぎてゆく時間。
海沿いには私たった一人。
既存の表現ではとても言い尽くせないこの空を、私は「甘い空」と呼びたい。もし空からシロップが垂れてくるのなら、この空のシロップはきっと甘いのだろう。

影島の漁港もなかなかに絵になる。南浦からすぐの港町・チャガルチを散策していても感じたが、都会や観光地のすぐ近くで誰かにとっての日常生活が営まれていること、その温度感を感じられることに旅の中でも喜びを感じるのである。
午前8時、ヒンヨウル文化村
釜山の文化村といえば、甘川文化村が有名である。星の王子さまにちなんだモニュメントも有名だ。
しかし今回の旅では、移動時間の都合もあり、甘川を訪れることはできなかった。代わりに、影島の西岸にある、ヒンヨウル文化村を訪れてみることにしたのだ。
写真映えすると前評判で聞いていた文化村。朝イチでの訪問が狙い目と聞き、早起きを企てるが、ここは極東の冬。日の出が遅いのである。宿を出発したのは、ようやく空が明るくなった7時台だった。
影島のバスに揺られ、ヒンヨウル文化村を目指す。真冬のこの時期、周りに観光客もおらず、8時前に最寄りのバス停で降りたのは私だけ。観光客向けのカフェやお店が多いこともあり、朝のヒンヨウル文化村は静まり返っていた。
だが、その空気感が景色をいっとう特別なものにした。
冬の静けさは元から好きだ。時が止まったような静謐さ。私は異国の地で、冬に漂う空気の醍醐味を味わうこととなる。

まだ月が空に残る朝、街がぼんやり朝焼けに照らされ、その中の人の営みの温度を知ることすら叶わない。
俯瞰的に街を眺められるこの場所をとても気に入った。とても贅沢な時間だった。

ヒンヨウル文化村の目玉のひとつとして語られる、海沿いの遊歩道は閉鎖されていたタイミングだったが、それでも大満足なほど、美しい建物と景色を味わえる場所だった。

ヒンヨウル文化村を離れる時、すでに空は昼の様相をしていた。儚い1時間だった。旅先だからこそできる、極上の時間の使い方だと思う。
1時間の屋外に耐えたヨーグルトアイス
それから釜山を一度離れて他都市を周遊し、再び週末に釜山へと戻ってきた。ここで再び、私は影島を訪れることとなる。
目的地は太宗台。影島南部にある、景勝地の自然公園だ。
訪れたのは昼過ぎ。釜山市内を観光した後だった。
突然だが、皆さんはヨアジョンをご存知だろうか。「ヨーグルトアイスのジョンソク」が正式名称のこのお店、カップ入りのヨーグルトアイスにフルーツやソースをトッピングできることで人気となった、有名アイスクリーム店である。今や日本にも店舗ができ、コンビニでもヨアジョン監修のアイスクリームを購入できる。

そんな私もヨアジョンが大のお気に入り。ヨーグルトアイス自体が大好きなのだから。
この旅行中も、たびたび気が向けばヨアジョンを購入していた。
量も多く、トッピングにこだわるとなかなかのお値段がするのだが、お手頃な楽しみ方だってある。韓国のコンビニでもヨアジョンの味が楽しめるのだ。
GS25という韓国のコンビニチェーン店限定で販売されていたヨアジョン監修のカップアイス、これがお求めやすい上に美味しい。

日本のコンビニでは未発売のブルーベリーソース&チョコレートクランチトッピング、これがお気に入りだった。
あまりにお気に入りな上、たまたま昼に寄ったGS25でこのアイスを発見してしまった私、迷わず購入することに。
しかし問題となったのが、気温とスケジュール。いくらアイスを食べたいという気持ちがあるとはいえ、気温の低い韓国、アイスも購入直後はカチカチに凍っており、文字の通り歯が立ちそうにない。
太宗台に昼から移動する予定を組んでいたため、早めに店内飲食を諦め、アイスを持って移動することに。
この移動、交通手段はバス、所要時間は約1時間。いくら真冬とはいえ、アイスは溶けずに耐えられるのか。万が一溶けていてもショックを受けないよう、そこはかとない緊張を抱えたまま目的地への到着を待った。
バスは太宗台の入り口に到着。太宗台の公園内を走るタヌビ列車を待つ間に、運命の開封タイムを迎える。
結果。
アイスは溶けていなかった。
むしろ、1時間の移動中に放置することで、食べやすい柔らかさになっていた。
思いもかけないきっかけで、アイスの食べ頃を知ることとなった。なお、あの気温の中、1時間のバス移動でヨアジョンを持ち運ぶ機会などもうあるか分からない。適用範囲の狭すぎるライフハックを生み出してしまった。
ヨアジョン完食後、タヌビ列車に揺られ、展望台を目指す。
太宗台は影島南部にあり、展望台はその南端。
この日は雲ひとつない快晴だった。
エピローグ〜釜山と対馬の50キロ〜

そうして私が太宗台に来た最大の目的が叶う。
対馬を見ることができたのだ。
幼少期の長期休みを福岡で過ごすことの多かった私は、アジア諸国との距離感を子どもながらに掴んでいた。とりわけ福岡と韓国、九州とアジアは近い。もちろん物理的距離の話でもあるのだが、それゆえの文化的な距離感も近いのである。
この感覚を忘れかけて大人になり、再び福岡を訪れた時、福岡と日本の他地域では、そもそも体感できるアジア諸国との距離感に違いがあることを実感した。
観光客の出身地域割合しかり、その地域で働く海外ルーツの人々しかり。街全体にも、あえてコリアンタウン等を訪れなくとも感じ取れる、文化の混じり合った香りがするのである。
子どもの頃のエピソードをひとつ紹介する。
まだクイーンビートルという、現在では廃止された博多〜釜山間の高速船が走っていた時代のことである。
なぜか、大人になればあの船に乗って、海の向こうへ行けるのだと当たり前のように思っていた。大人たちが「あの船に乗るのは大きくなってからね」と、好奇心旺盛な幼い私に言い聞かせていたからかもしれない。
海の向こうに何があるかなんて知らない。もちろん違う国だなんてことも知らなかった。ただその存在を感じられたのは、夜になるとラジオから聞こえるようになる、知らない言語だけだった。
パスポートの存在も知らなかった私は、もちろんその土地への行き方なんて分からないまま大人になった。ここ数年で海外を訪れるようになった私に、釜山を訪問するチャンスが訪れたのだって、たった1年前のことだ。
この旅の意義のひとつは、その答え合わせだったのかもしれない。海の向こうにどんな世界が広がっているのか。
釜山からは対馬が見える。地図と照らし合わせれば、大した発見ではないと思えるかもしれないが、私にとっては大きな意味を持っていた。
私が幼少期に訪れたあの海辺と、異国の地である釜山は決して離れた場所ではないのだと。地球は丸く繋がっていた。
関東や関西で暮らすと、この距離感が掴めなくなる。それも無理はない、福岡と釜山は、福岡と大阪より近い距離にあるのだから。文化的な距離感も全く違う。
もしかすると、幼少期に掴んだあの感覚は貴重だったのかもしれない。
緩やかにこの世界が繋がっていることを実感し、時には境界線がにじんで混ざり合うことを受け入れる。
釜山で触れた人々の生活を大切に記憶しておくこと。離れた土地でも確かに世界は繋がっているという感覚を覚えておくこと。それがこの世界をうまく把握していくための、私にできる第一歩なのかもしれない。人生で忘れられない、2024年12月の記憶だ。
