『七人なのに、部屋は六つしかない』 第3話 十二年前、死んだのは二人ではない
「……沙耶」
壁の向こうから。
女の声がした。
北村沙耶は、動かなかった。
いや。
動けなかった。
十二年前に行方不明になった母。
北村真奈美。
その声が。
冬鷺館の壁の向こうから聞こえている。
「お母さん……?」
沙耶が一歩近づく。
私は腕を掴んだ。
「待て」
「でも」
「十二年だぞ」
沙耶を見る。
「声だけで決めるな」
宮坂がライトを向けた。
204号室の奥。
壁と同じ色に塗られた扉。
取っ手はない。
鍵穴もない。
そして。
もう一度。
コン。
コン。
壁の向こうから音。
「……沙耶」
今度は。
はっきり聞こえた。
沙耶の目から涙が落ちた。
「間違いない」
「母の声です」
壁の向こう
午後九時十九分。
扉を調べた。
蝶番は。
こちら側にある。
宮坂が言った。
「外せる」
203号室から工具を持ってきた。
三宅の車に積まれていたものだった。
ドライバー。
ペンチ。
小型のバール。
十分ほどかけて。
蝶番を外す。
扉が。
こちら側へ倒れた。
その瞬間。
沙耶が駆け込んだ。
「お母さん!」
私は後を追った。
だが。
そこに。
人はいなかった。
小さな部屋。
三畳ほど。
机。
椅子。
古い棚。
そして。
壁際に。
黒い機械。
赤いランプが点灯している。
沙耶が止まった。
「……何?」
機械の横に。
スピーカー。
その瞬間。
音声。
「……沙耶」
同じ声。
録音だった。
十二年前のカセットテープ
机には。
古いカセットテープが置かれていた。
ラベル。
12/27 北村真奈美
藤堂が言った。
「十二年前の今日だ」
私は再生機を確認した。
タイマー式。
一定の時刻になると。
録音された音声が流れる仕組み。
「白河が用意したのか」
九条が呟く。
沙耶は。
テープを取り出した。
「全部聞きます」
再生。
ザザッ。
そして。
女性の声。
『これを聞いている人へ』
沙耶が目を閉じる。
『私の名前は北村真奈美です』
間違いないらしい。
『今から話すことを』
『警察には言えません』
『なぜなら』
数秒。
『警察の人間も、この中にいるからです』
全員が。
宮坂を見る。
「俺じゃない」
宮坂が言った。
だが。
テープは続く。
『亮介さんは』
『自殺するつもりなんてありませんでした』
『私たちは』
『あるものを探すために』
『冬鷺館へ来ました』
あるもの。
『白河源一郎が隠していた』
『一冊の帳簿です』
十二年前の目的
白河開発。
現在では巨大企業。
だが。
十二年前。
複数の土地取引を巡って。
不正な資金移動の疑惑があった。
私は記者時代。
その噂を聞いたことがある。
証拠は出なかった。
だから。
記事にはできなかった。
『亮介さんは』
『父親の会社が行っていたことを知りました』
『だから証拠を探していました』
テープの声。
『冬鷺館に帳簿がある』
『そう聞いて』
『私たちは集まりました』
私は。
完全版の写真を見る。
七人。
白河亮介。
白河絵里。
藤堂雅人。
九条孝臣。
宮坂徹。
宮坂彰。
北村真奈美。
七人。
「待ってください」
私は言った。
「三宅は?」
誰も答えない。
写真を撮ったのが三宅なら。
彼も。
この館にいたはずだ。
つまり。
十二年前も。
七人ではなかった。
少なくとも。
八人。
最初から人数が違う
私は。
もう一度。
写真を見る。
「写真に写っているのは七人」
「撮影した三宅を含めれば八人」
沙耶が言った。
「じゃあ……」
「十二年前も同じだ」
私は答えた。
「俺たちは最初から、人数を間違えてる」
今回も。
七人だと思った。
だが。
三宅は招待客ではない。
沙耶も招待されていない。
十二年前も。
写真だけを見て。
七人だと思っていた。
しかし。
撮影者がいる。
三宅。
見えていない人間を、最初から数えていなかった。
その瞬間。
私は。
嫌な感覚を覚えた。
今回も。
同じなのではないか。
私たちが数えていない。
誰かがいる。
テープの続き
再生。
『帳簿は見つかりました』
『でも』
『その夜』
『一人が裏切りました』
ノイズ。
『帳簿を白河源一郎へ渡そうとした』
『亮介さんは止めようとしました』
『そして』
ガタン。
録音の中で。
何かが倒れる音。
男の声。
『やめろ!』
別の男。
『返せ!』
悲鳴。
そして。
大きな衝撃音。
ドン。
沙耶が息を呑む。
テープの中。
真奈美が泣いている。
『落ちた……』
『彰さんが……』
宮坂が顔を伏せた。
『彰さんが階段から落ちた』
宮坂彰。
双子の弟。
ここで死んだ。
事故。
あるいは。
殺人。
『亮介さんが言いました』
『警察を呼ぶって』
『でも』
真奈美の声が震える。
『宮坂さんが止めました』
私は。
宮坂徹を見る。
彼は何も言わない。
『彰さんが死んだことは』
『誰にも言うなって』
消された死者
「なぜです?」
私は宮坂を見る。
「なぜ弟の死を隠した?」
長い沈黙。
宮坂は。
ようやく口を開いた。
「彰には前科があった」
「それだけで?」
「違う」
宮坂は首を振る。
「彰は」
「警察の協力者だった」
情報提供者。
白河開発の不正を。
内側から調べていた。
「俺は当時」
宮坂が言う。
「白河開発の件を内偵していた」
「彰を使って?」
「そうだ」
「それで弟が死んだ」
宮坂の拳が震える。
「俺が連れてきたせいでな」
だから。
隠した?
「違う」
宮坂が言う。
「隠したのは俺じゃない」
「じゃあ誰です?」
宮坂は。
九条を見る。
九条が。
静かに答えた。
「白河源一郎です」
一人目の死を消した男
彰の死が明るみに出れば。
冬鷺館が捜査される。
帳簿も見つかる。
白河源一郎は。
それを恐れた。
九条は。
当時すでに。
白河家の弁護士だった。
「私は」
九条が言う。
「彰さんの遺体を運ぶ手配をしました」
沙耶が顔をしかめる。
「遺体を?」
「翌朝」
「別の場所へ」
宮坂が続ける。
「山道で事故死したことにした」
私は言葉を失った。
十二年前。
この館で。
一人の死が。
完全に消されていた。
だが。
テープはまだ終わっていない。
『それで終わりだと思いました』
真奈美の声。
『でも』
『翌日』
『もう一人死にました』
白河亮介。
マンションから転落。
警察は自殺と判断。
『亮介さんは』
『私に言いました』
『昨日のことを全部話す』
『帳簿も警察へ持っていく』
『でも』
『その日の夜』
『亮介さんは死にました』
ここまでは。
知っている。
だが。
次の言葉。
『そして』
真奈美は言った。
『亮介さんが死んだ日の夜』
『もう一人』
『殺されました』
私は。
動きを止めた。
三人目
十二年前。
死んだのは。
宮坂彰。
白河亮介。
二人。
そう思っていた。
しかし。
真奈美は。
三人目がいたと言っている。
『その人の名前は――』
ブツッ。
テープが止まった。
「何で!」
沙耶が再生機を叩く。
テープを見る。
切れている。
物理的に。
その先だけ。
切り取られていた。
三人目の名前。
消されている。
三宅の密室
午後十時二分。
私たちは203号室へ戻った。
三宅の死体。
胸のナイフ。
内側から掛かったチェーン。
施錠された窓。
一見。
密室。
だが。
もう密室ではない。
なぜなら。
203号室のクローゼットから。
204号室へ続く。
隠し通路が見つかったからだ。
「犯人はここから出た」
絵里が言う。
「簡単じゃない」
宮坂が答えた。
「204側の扉は閉まっていた」
確かに。
私たちは鍵を使って。
初めて204号室へ入った。
なら。
犯人はどう出た?
私は203号室を見る。
三宅。
机。
鍵。
窓。
チェーン。
そして。
気づいた。
「違う」
「何が?」
沙耶が聞く。
「犯人は出てない」
全員が私を見る。
「三宅は」
私は死体を見る。
「ここで殺されたんじゃない」
血が少なすぎる
藤堂が。
三宅の遺体を確認する。
医師。
彼なら分かる。
「確かに」
藤堂が言った。
「何が?」
「胸にこれだけ深く刺さっているなら」
ベッドを見る。
「もっと出血しているはずです」
血はある。
だが。
少ない。
「死後に刺された?」
「可能性が高い」
なら。
死因は別。
藤堂が首元を見る。
「絞殺かもしれない」
首の後ろ。
薄い痕。
「いつ?」
「正確には分からないが」
藤堂は時計を見る。
「食堂を出た直後とは限らない」
私は。
三宅の靴を見る。
濡れている。
雪。
だが。
彼が食堂から203号室へ戻っただけなら。
靴が濡れる理由はない。
「外に出ていた」
私は言った。
宮坂が頷く。
そして。
私は。
三宅の車を思い出した。
工具が積んであった。
赤いSUV。
「車を調べる」
八人目
午後十時十五分。
全員で玄関へ向かった。
外へ出る。
吹雪。
三宅のSUV。
運転席。
助手席。
荷室。
特に何もない。
だが。
後部座席。
沙耶が。
シートを照らした。
「榊さん」
シートに。
濡れた跡。
一人分ではない。
二人分。
そして。
足元。
雪のついた靴跡。
三宅のものより。
明らかに小さい。
「誰か乗ってた」
沙耶が言った。
私は。
車内を見る。
三宅は。
一人で到着した。
少なくとも。
私たちには。
そう見えた。
だが。
もし。
車の中に。
もう一人いたとしたら。
七人。
ではない。
八人。
今回も。
十二年前と同じ。
見えていない八人目がいた。
車内の封筒
助手席の下。
白い封筒。
拾う。
宛名はない。
中には。
紙が一枚。
冬鷺館の見取り図。
そして。
裏面。
手書き。
22:30
三階
全員が集まったら開ける
時刻を見る。
22:21。
あと九分。
私は館を見る。
三階。
最初に調べたとき。
鍵が掛かっていた。
白河源一郎の部屋だと思っていた場所。
「戻ろう」
三階の扉
22:29。
六人。
私。
沙耶。
九条。
絵里。
藤堂。
宮坂。
三階の扉の前。
三宅は死んでいる。
見えない八人目が。
どこにいるかは分からない。
22:30。
カチッ。
目の前で。
鍵が開いた。
誰も触っていない。
自動ロック。
私はドアを開けた。
暗い部屋。
照明をつける。
そこには。
ベッドも。
机もなかった。
壁一面。
モニター。
館内の監視映像。
ロビー。
食堂。
廊下。
203号室。
204号室。
玄関。
そして。
駐車場。
「全部見られてた……」
絵里が呟く。
中央。
大きなモニター。
黒い画面。
突然。
文字が表示された。
現在の生存者 7名
私は。
画面を見る。
おかしい。
ここにいるのは六人。
三宅は死んでいる。
なのに。
生存者。
七名。
つまり。
やはり。
もう一人いる。
そのとき。
監視映像の一つが動いた。
一階。
食堂。
誰もいないはずの食堂。
画面の端。
人影。
女。
こちらに背を向けている。
沙耶が。
モニターへ近づいた。
「お母さん……?」
女が。
ゆっくり。
監視カメラを見る。
顔が映る。
沙耶が。
息を止めた。
「違う」
北村真奈美ではない。
私は。
その顔を知っていた。
十二年前。
何度も会っている。
新聞社で。
取材現場で。
そして。
白河亮介死亡事件でも。
「どうして……」
女は。
カメラを見ながら。
笑った。
その瞬間。
モニターに。
名前が表示された。
招待客 No.7
その下。
女性の名前。
私は。
読み上げることができなかった。
なぜなら。
その人物は。
十二年前。
確かに。
死んでいるからだ。
画面が。
黒くなる。
そして。
白河源一郎の声。
『これで』
『七人全員が揃いました』
『では』
『最後の質問です』
一拍。
『十二年前』
『本当に死んだのは』
『誰だったのでしょうか』
そして。
モニターに。
一枚の写真が表示された。
十二年前。
冬鷺館で撮られた写真。
七人。
だが。
今度の写真は。
これまで見たものとは違っていた。
写真の下。
撮影者の名前。
撮影:榊冬馬
私は。
動けなかった。
「違う……」
十二年前。
この写真を撮ったのは。
三宅だと聞いていた。
だが。
記憶の奥で。
何かが。
つながり始める。
カメラ。
冬鷺館。
亮介。
真奈美。
そして。
私。
私は。
十二年前。
この館に。
来ていた。
第3話 終
次回・最終話
「七人なのに、部屋は六つしかない」
榊冬馬は。
十二年前の事件を取材しただけではなかった。
最初から。
冬鷺館にいた。
では。
なぜその記憶がないのか。
三宅はなぜ殺されたのか。
招待客No.7は誰なのか。
十二年前の三人目の死者。
204号室。
六つしかない客室。
七人という数字。
そして。
最初から何度も繰り返されてきた。
「七人が揃った」
という言葉。
最終話。
すべての人数を。
もう一度。
数え直してください。
この物語で最初に騙されたのは、主人公ではありません。
読者です。
