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妻から届く、明日の死亡通知             第1話 午前6時のメッセージ

妻が死んで、三年になる。

それでも私は、妻の電話番号を消せずにいた。

消したところで何かが変わるわけではない。

分かっている。

ただ、連絡先から「美咲」という二文字が消えた瞬間、本当に彼女がこの世界からいなくなるような気がしていた。

だから残していた。

電話番号も。

メッセージも。

写真も。

最後に届いた、

「今日、プリン買って帰るね」

という、どうでもいい文章まで。

三年前の六月七日。

妻は帰ってこなかった。

そして――

三年後の六月七日。

死んだ妻から、メッセージが届いた。


午前6時00分。

枕元でスマートフォンが震えた。

ブブッ。

私は目を覚ました。

アラームではない。

通知だった。

薄暗い寝室で画面を見る。

その瞬間、

眠気が消えた。

美咲

表示されていたのは、妻の名前だった。

「……は?」

身体を起こす。

見間違いだと思った。

もう一度見る。

やはり、

美咲

だった。

アイコンも同じ。

海辺で笑う妻の写真。

三年前から変わっていない。

私は震える指で通知を開いた。

文章は短かった。


6月8日

死亡者:佐伯隆志

死亡時刻:22時17分


それだけだった。

意味が分からない。

佐伯隆志。

知らない名前だ。

私はすぐに返信した。

「誰?」

既読はつかない。

もう一度。

「誰ですか?」

送信。

反応なし。

妻のアカウントを乗っ取った誰かの悪ふざけ。

最初に思ったのはそれだった。

だが。

すぐに違和感を覚えた。

三年前。

事故のあと、

妻のスマートフォンは警察から私へ返却されている。

今も家にある。

私はベッドから降りた。

リビング。

テレビ台の下。

小さな白い箱。

その中に、

妻のスマートフォンを保管していた。

取り出す。

電源ボタンを押す。

当然、反応しない。

三年間、一度も充電していない。

SIMカードも入っていない。

それなのに、

私のスマートフォンには確かにメッセージが届いている。

送信者。

美咲。


「気持ち悪いな……。」

私はメッセージを削除しようとした。

だが、

指が止まった。

死亡者:佐伯隆志

死亡時刻:22時17分

何なのだろう。

殺人予告?

それとも、

誰かの死亡予定?

私は名前を検索した。

佐伯隆志。

同姓同名が何人も出てくる。

会社役員。

大学教授。

スポーツ選手。

どの佐伯なのか分からない。

そもそも実在する人物なのかも分からない。

考えても仕方がない。

私はスマートフォンを伏せた。

その日は仕事だった。

そして夜には、

妻の墓へ行くつもりだった。

六月七日。

美咲の命日だからだ。


午後6時40分。

仕事を終えた私は花を買った。

妻が好きだった白いトルコキキョウ。

墓地に着いた頃には、空が少し暗くなっていた。

「三年か。」

墓石の前に花を置く。

三年前の今日。

美咲は交通事故で死んだ。

午後10時17分。

横断歩道を渡っていた妻に、乗用車が突っ込んだ。

即死だった。

私は墓石を見つめていた。

そこで。

ふと、

朝のメッセージを思い出した。

死亡時刻。

22時17分。

「……。」

妻が死亡した時刻と、

同じだった。

偶然。

そう思おうとした。

だが胸の奥に、小さな違和感が残った。

なぜ、

22時17分なのか。


午後9時52分。

自宅。

私はテレビをつけたままソファに座っていた。

朝のメッセージは削除していない。

何度も確認してしまう。

佐伯隆志

検索しても分からない。

午後10時10分。

あと七分。

馬鹿馬鹿しい。

何も起こるはずがない。

10時15分。

テレビではバラエティ番組が流れている。

笑い声。

10時16分。

私は時計を見る。

そして――

10時17分。

何も起きなかった。

「……だよな。」

思わず笑った。

誰かの悪ふざけだ。

私はキッチンへ向かった。

コーヒーを淹れようとした、その時。

テレビ番組が切り替わった。

「番組の途中ですが、ニュースをお伝えします」

手が止まる。

画面には、

駅前の映像。

パトカー。

救急車。

規制線。

アナウンサーの声。

「本日午後10時17分頃――」

カップが手から滑り落ちた。

床に落ちる。

割れる。

でも、

そんなことはどうでもよかった。

アナウンサーが続ける。

「東京都内の立体駐車場で、男性が倒れているのが発見されました。」

そして。

名前。

「死亡したのは会社員、佐伯隆志さん、43歳です。」

私は動けなかった。

佐伯隆志。

午後10時17分。

一致している。


ニュースによれば、

佐伯は立体駐車場の四階から転落したらしい。

事故。

自殺。

事件。

現時点では分からないという。

私は震える手でスマートフォンを持った。

朝のメッセージ。

何度確認しても同じ。

6月8日

死亡者:佐伯隆志

死亡時刻:22時17分

一つだけ妙だった。

今日は六月七日だ。

ニュースでは佐伯が死亡したのも六月七日。

なのに、

メッセージには、

6月8日

と書かれている。

「日付が違う……。」

死亡時刻は当たった。

名前も当たった。

しかし日付だけが一日ずれている。

送信者が間違えた?

未来を予言できる人間が?

その時。

スマートフォンが震えた。

ブブッ。

心臓が跳ねる。

画面を見る。

美咲

二通目だった。


日付を間違えたわけじゃないよ。


息が止まった。

私が今考えていたことに、

答えている。

「誰なんだ……。」

私はすぐに返信した。

「美咲なのか?」

数秒。

既読。

初めてだった。

入力中の表示。

そして返信。

「うん。」

私は立ち上がった。

「ふざけるな!」

スマートフォンに向かって叫んでいた。

「美咲は死んだ」

送る。

既読。

返信。

「知ってる。」

「だって私は、三年前にあなたに殺されたから。」


時間が止まった。

何度読んでも、

文章は変わらない。

私は妻を殺していない。

事故だった。

運転していた男も逮捕された。

裁判も終わっている。

「何を言ってる……。」

私は返信した。

「俺は殺してない」

すぐに既読。

返事は一枚の写真だった。

開く。

三年前。

事故現場。

横断歩道。

倒れている美咲。

警察が撮影したと思われる写真。

私は初めて見るものだった。

そして。

画像の右端。

事故現場から離れていく一人の男が写っている。

後ろ姿。

黒いジャケット。

私はその服を知っていた。

三年前。

私が持っていたジャケットだった。

「嘘だろ……。」

写真の下にメッセージ。

「思い出して。」

続けて。

「あなたはあの日、事故現場にいた。」


頭が痛くなった。

三年前の六月七日。

私は会社にいた。

そう記憶している。

午後8時まで残業。

そのあと同僚と飲みに行った。

妻の事故を知ったのは午後11時過ぎ。

病院からの電話だった。

間違いない。

なのに。

なぜ。

事故現場に、

私らしき人物が写っている。

私は写真を拡大した。

顔は見えない。

でも。

右手に腕時計。

銀色。

黒い文字盤。

私が当時使っていた時計と同じだった。

その時計は――

事故の翌日から行方不明になっている。


ブブッ。

またメッセージ。

「明日の朝6時。」

「二人目を教える。」

私は返信した。

「待て」

「美咲」

「話をしよう」

既読にならない。

電話をかける。

呼び出し音すら鳴らず切れた。

もう一度。

同じ。

そして午前0時。

妻のアカウントが、

突然消えた。


眠れなかった。

写真。

佐伯。

妻。

三年前の事故。

すべてが頭の中を回っている。

午前5時58分。

私はリビングでスマートフォンを握っていた。

5時59分。

秒針を見る。

55。

56。

57。

58。

59。

午前6時00分。

ブブッ。

届いた。

美咲

開く。


6月9日

死亡者:松田真理子

死亡時刻:18時42分


知らない女性。

だが今回は、

その下に文章があった。

「助けようとしないで。」

さらに一行。

「一人助けるたびに、あなたの死亡日が一日早くなります。」

私は画面を見つめた。

昨日は何もしなかった。

佐伯隆志は死んだ。

今日は、

松田真理子。

もし、この女性を探し出せたら。

助けられるかもしれない。

だが。

これは罠かもしれない。

そもそも、

妻を名乗る相手の言葉を信じる理由などない。

私はスマートフォンを置こうとした。

その時。

もう一通届いた。

画像。

女性の顔写真だった。

40代くらい。

髪を後ろで束ねている。

どこかで見たことがある。

「……誰だ?」

数秒後。

思い出した。

三年前。

妻の事故。

裁判。

傍聴席。

この女性は、

何度も裁判所に来ていた。

そして私は一度だけ、

彼女と話している。

名前も聞いた。

松田真理子。

事故を起こした運転手の――

妻だった。

背筋が冷たくなる。

佐伯隆志。

松田真理子。

もしかして。

死亡通知に書かれている人間は、

無作為に選ばれているわけではない。

全員、美咲の事故に関係している?

私は昨日のニュースを検索した。

佐伯隆志。

43歳。

勤務先。

顔写真。

そして経歴。

一つの情報を見つけた。

三年前まで、

ある会社に勤務。

会社名を見た瞬間、

私は立ち上がった。

その会社は、

美咲の事故を起こした車の――

製造メーカーだった。

偶然ではない。

二人とも、

三年前の事故につながっている。

なら。

これから通知される人間も?

私は妻から届いたメッセージを見つめる。

その時、

新しい通知。

「あと5人。」

心臓が鳴った。

私は返信する。

「5人って何だ」

既読。

返事。

「全部で7人。」

そして。

「7人目で終わる。」

私は震える指で入力した。

「7人目は誰だ」

長い間、

返事はなかった。

一分。

二分。

やがて、

画面に「入力中」と表示された。

返信。

たった一行。

「あなた。」


私は画面を見つめた。

次の瞬間、

もう一枚、

写真が届いた。

そこに写っていたのは、

私だった。

自宅。

今いる、このリビング。

ソファに座り、

スマートフォンを持っている私。

数秒前に撮影されたような写真。

「……。」

私はゆっくり振り返った。

誰もいない。

窓。

閉まっている。

カーテン。

異常なし。

玄関。

鍵もかかっている。

もう一度写真を見る。

そこで気付いた。

写真の奥。

私の背後。

廊下に、

人が立っている。

白いワンピース。

長い髪。

顔は暗くて見えない。

だが。

私は知っている。

妻が死んだ日、

着ていた服だった。

スマートフォンが震える。

「後ろを見ないで。」

私は動けなかった。

さらに一通。

「まだ、私に気づかないで。」

そして最後に。

「あなたが全部思い出すまでは。」

背後から、

床を踏む音がした。

コツ。

一歩。

コツ。

もう一歩。

近づいてくる。

私は振り返れない。

スマートフォンの時計だけを見る。

午前6時01分。

その時。

耳元で、

三年前から聞いていなかった妻の声がした。

「おはよう。」


第1話 完

次回 第2話「助けてはいけない女」

死亡予定時刻――18時42分。

残された時間は12時間42分。

松田真理子を救えば、

主人公自身の死が一日近づく。

しかし彼女は、三年前の事故について警察にも話していないある事実を知っていた。

そして二通の死亡通知に隠された「日付のズレ」。

その意味に気づいたとき、

最初の死亡者・佐伯隆志は、本当に昨日死んだのか?

という新たな疑問が浮かび上がる。

――つづく

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