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妻から届く、明日の死亡通知             第2話 助けてはいけない女(後編)


前回までのあらすじ

三年前に妻・美咲を交通事故で亡くした高瀬直人。

しかし、死んだはずの美咲から届き始めた「死亡通知」によって、三年前の事故に隠された事実が少しずつ明らかになっていく。

二人目の死亡予定者・松田真理子。

死亡時刻は――

18時42分。

真理子から見せられたドライブレコーダーには、事故前日の美咲と、車に細工をする謎の男が映っていた。

さらに真理子は、

事故が起きる一週間前に直人と会い、

直人自身から、

「六月七日の22時17分、妻が死ぬ」

と聞かされていたという。

そして、一枚の写真。

そこには直人、真理子、浩二、そして美咲らしき女性が写っていた。

しかし写真の裏には、

「高瀬美咲 死亡確認済」

日付は――

三年前の5月31日。

事故が起きる八日前。

真理子は直人に告げる。

「六月七日に車にはねられた女性は、あなたの奥さんじゃありません。」


「もう一度言ってください。」

自分の声が、

自分のものではないように聞こえた。

真理子は黙っていた。

「六月七日に死んだのが美咲じゃないなら……。」

喉が乾く。

「誰なんですか。」

真理子は答えなかった。

私はテーブルを叩いた。

「誰なんだ!」

店内の客が振り返る。

真理子は小さな声で言った。

「分かりません。」

「分からない?」

「本当に知らないんです。」

「じゃあ、なぜ美咲じゃないと分かる。」

真理子はバッグから、

もう一枚の紙を取り出した。

死亡診断書。

名前。

高瀬美咲。

死亡年月日。

5月31日。

死亡時刻。

私は息を止めた。

22時17分。


まただ。

22時17分。

美咲が事故で死亡したとされていた時間。

佐伯隆志の死亡通知に書かれていた時間。

そして、

本当の美咲が八日前に死亡した時間。

「何なんだよ……この時間。」

真理子は首を横に振った。

「私にも分かりません。」

私は死亡診断書を見る。

死亡場所。

東都総合病院。

死因。

空欄。

「死因が書いてない。」

「正式な診断書じゃありません。」

「じゃあ何です。」

「コピーです。」

「誰から?」

真理子は答えた。

「佐伯さん。」


佐伯隆志。

事故車両を製造したメーカーの品質保証部。

最初の死亡通知に書かれていた男。

「佐伯さんは事故のあと、夫に接触してきました。」

「何のために。」

「事故について口外するな、と。」

「車に欠陥があったから?」

「最初は私もそう思いました。」

真理子は首を横に振る。

「違ったんです。」

「じゃあ何を隠していた。」

真理子は私を見る。

「美咲さんが、事故の前に死んでいたことです。」


頭の中で、

バラバラだったものがつながり始める。

しかし、

つながるほど意味が分からなくなる。

5月31日。

美咲死亡。

6月1日。

ホテルで私、真理子、浩二、そして美咲そっくりの女性が会う。

6月6日。

美咲そっくりの女性が浩二の車へ黒い箱を置く。

6月7日。

その女性が浩二の車にはねられる。

つまり。

八日間、

死んだはずの妻が動いていた。

「替え玉……?」

私がつぶやく。

真理子は答えない。

整形?

双子?

別人?

どれも現実味がない。

そして一番おかしいのは、

私だ。

私は妻が5月31日に死んだことを知らない。

六月七日まで、

普通に美咲と暮らしていた記憶がある。

朝食。

会話。

メッセージ。

六月六日の夜には、

「明日は早く帰れる?」

と聞かれた。

全部覚えている。

では。

あの八日間、

私と暮らしていた女は誰だった?


スマートフォンが震えた。

美咲。

「やっとそこまで来たね。」

私はすぐ返信する。

「お前は誰だ。」

既読。

返事。

「美咲だよ。」

「嘘をつくな。」

既読。

しばらくして。

「じゃあ質問。」

続けて。

「あなたが美咲だと思っている人は、どっち?」

二枚の写真が届いた。

一枚目。

結婚式。

白いドレスの美咲。

二枚目。

三年前の事故直前。

横断歩道に立つ美咲。

同じ顔。

同じ人間にしか見えない。

だが。

よく見る。

違和感。

耳。

「……。」

耳の形が違う。

結婚式の美咲は、

右耳の上部が少し尖っている。

事故直前の女性は、

丸い。

別人。


手が震えた。

「誰なんだ。」

返信。

既読。

「18時42分になったら分かるよ。」

私は時計を見る。

午後3時07分。

あと三時間三十五分。


「真理子さん。」

私は言った。

「18時42分まで、一緒にいてください。」

「嫌です。」

「一人にできない。」

「あなたのそばにいる方が危険かもしれない。」

その通りだった。

知らない番号から届いた警告。

『18時42分に死ぬのは彼女じゃない。』

『彼女のそばにいる人間だ。』

つまり、

私かもしれない。

「それでも。」

私は真理子を見る。

「昨日、佐伯を助けられなかった。」

「……。」

「今日は助けたい。」

真理子が苦笑した。

「自分が死ぬかもしれないのに?」

私はスマートフォンを見る。

残り日数:2190

「どうせ六年後には死ぬらしいですから。」

「信じてるんですか?」

「分かりません。」

「だったら。」

「でも。」

私は言った。

「何もしないで後悔するのは、もう嫌なんです。」


午後5時58分。

駅前ホテル。

17階のラウンジ。

私たちは人目の多い場所を選んだ。

窓から離れる。

食べ物も口にしない。

飲み物も未開封の水だけ。

18時30分。

あと12分。

真理子はずっと時計を見ている。

「高瀬さん。」

「はい。」

「もし私が死んだら、USBを警察に渡さないでください。」

「なぜ。」

「警察にも関係者がいます。」

「誰です。」

真理子は答えようとした。

その時。

スマートフォン。

美咲。

「あと10分。」

続いて。

「今なら逃げてもいいよ。」

私は返信しない。

18時38分。

あと4分。

真理子のスマートフォンが鳴った。

着信。

浩二

二年前に死んだ夫。

「出ないで。」

私は言った。

真理子は画面を見る。

「出ます。」

「危険です。」

「夫なんです。」

通話。

「……もしもし。」

無音。

数秒後。

男の声。

「真理子。」

真理子の目から涙が落ちた。

「浩二……?」

私にも聞こえた。

間違いない。

録音なのか。

音声合成なのか。

分からない。

「ごめんな。」

「何が?」

「俺は、お前を助けられない。」

「浩二?」

男は最後に言った。

「18時42分になったら、目を閉じろ。」

電話が切れた。


18時41分。

残り一分。

「目を閉じるな。」

私は言った。

「でも浩二が。」

「本当に浩二か分からない。」

秒針。

30。

40。

50。

私は真理子の腕をつかむ。

55。

56。

57。

58。

59。

18時42分。

照明が消えた。

完全な暗闇。

悲鳴。

「真理子さん!」

腕はつかんでいる。

そこにいる。

「目を開けて!」

返事がない。

「真理子さん!」

非常灯が点灯した。

赤い光。

私は目の前を見た。

真理子がいる。

生きている。

目を閉じている。

「真理子さん。」

彼女が目を開く。

「……生きてる?」

「はい。」

時計。

18時42分19秒。

過ぎた。

助けられた。

そう思った。


その瞬間。

真理子が私の顔を見て、

悲鳴を上げた。

「どうしたんです。」

彼女は後ずさる。

「高瀬さん……。」

「何?」

「あなた……。」

真理子は私の後ろを指差した。

壁。

大きな鏡。

そこに私たちが映っている。

真理子。

そして、

私。

いや。

違う。

鏡の中の私は、

笑っていた。

私は笑っていない。

身体が動かなくなる。

鏡の中の「私」が口を動かした。

「やっと交代できる。」

照明が戻った。

鏡を見る。

普通の私。

「今の……。」

真理子は震えている。

私のスマートフォンが鳴った。

残り日数:2189

一日減った。

そして。

表示が追加される。

救済人数:1/6

「一人……?」

真理子を助けた。

なら1人。

そう思った。

しかし。

次のメッセージ。

美咲。

「違うよ。」

「助けたのは真理子さんじゃない。」

私は画面を見る。

「あなたが助けたのは、佐伯隆志。」

意味が分からない。

佐伯は昨日死んだ。

「何言ってるんだ。」

返信。

美咲。

「ニュースを確認して。」


検索する。

佐伯隆志。

昨日見た死亡記事。

ない。

何度検索しても、

出てこない。

代わりに、

会社の公式ページ。

佐伯隆志 品質保証部長

今日更新された記事。

写真。

佐伯が笑っている。

生きている。

「そんな……。」

昨日。

確かに死んだ。

ニュースを見た。

死亡時刻も一致した。

なのに。

生きている。

過去が、

変わった。

真理子も画面を見る。

「佐伯さん……。」

その顔は、

驚いていなかった。

私は気付いた。

「知ってたんですか。」

真理子は黙る。

「死亡通知が何なのか。」

沈黙。

「知ってるんですね。」

やがて真理子が言った。

「死亡通知は……。」

その時。

彼女のスマートフォンが震えた。

画面。

浩二から。

「言うな。」

真理子の顔色が変わる。

私は彼女からスマートフォンを取った。

「返してください!」

さらにメッセージ。

「高瀬直人に真実を教えれば、結衣が消える。」

私は動きを止めた。

「……結衣?」

知らない名前。

だが。

なぜか、

胸が苦しくなった。

「誰です。」

真理子は泣いていた。

「誰なんだ。」

「言えません。」

「結衣って誰だ!」

真理子が叫んだ。

「あなたの娘です!」


何も聞こえなくなった。

「……俺に子どもはいない。」

「今は。」

「今は?」

真理子は口を押さえた。

言ってはいけないことを言った。

そんな顔だった。

「どういう意味です。」

答えない。

私はスマートフォンを見る。

美咲へ送る。

「結衣って誰だ。」

既読。

返事なし。

「俺たちの娘なのか?」

既読。

長い沈黙。

そして。

美咲から一枚の写真が届いた。

公園。

ベンチ。

私。

美咲。

その真ん中に、

七歳くらいの女の子。

三人とも笑っている。

知らない子。

なのに。

写真を見た瞬間、

涙が出た。

理由が分からない。

女の子が持っているぬいぐるみ。

黄色いウサギ。

名前を知っている。

「ミミ。」

口から勝手に出た。

「なんで……。」

知らない。

見たこともない。

なのに知っている。

女の子の誕生日。

好きな食べ物。

苦手な野菜。

寝る時に必ず右手を握ってくること。

記憶が、

一気に流れ込んできた。

「結衣……。」

膝から力が抜ける。

娘。

私の娘。

確かにいた。

いや。

いる。

その瞬間。

記憶が消えた。

名前以外、

全部。

「待って……。」

必死に思い出そうとする。

顔。

声。

誕生日。

もう分からない。

写真を見る。

女の子はまだ写っている。


美咲からメッセージ。

「過去が変わると、記憶も変わる。」

続いて。

「佐伯隆志を救ったことで、一つの未来が消えた。」

「代わりに、一つの未来が戻った。」

そして。

「死亡通知は、未来の死を知らせるものじゃない。」

私は息を止める。

「あなたが過去を変えるための順番なの。」

六人を助ける。

過去が変わる。

そして最後には――

三年前の事故そのものが消える。

私は入力した。

「全部助けたら、お前も戻るのか?」

既読。

長い沈黙。

返事。

「うん。」

胸が熱くなる。

美咲を取り戻せる。

だが。

すぐに次のメッセージ。

「ただし。」

そして。

「その世界に、あなたはいない。」


「どういう意味だ……。」

返事はない。

画面中央。

救済人数:1/6

あと五人。

六人を救えば、

美咲は生きる。

結衣も戻る。

でも。

私は消える。

その夜。

私は眠れなかった。

午前5時59分。

スマートフォンを握る。

三人目。

誰なのか。

6時00分。

ブブッ。

美咲。

開く。


6月10日

死亡者:高瀬結衣

年齢:7歳

死亡時刻:15時26分


呼吸が止まった。

娘。

存在しないはずの、

私たちの娘。

その下に写真。

小学校。

校門。

黄色い帽子。

ランドセル。

結衣が笑っている。

撮影日時。

今日 午前7時48分

未来の写真ではない。

今日。

これから約二時間後。

つまり。

結衣は――

今、この世界のどこかに存在している。

最後にメッセージ。

「直人。」

「三人目は助けないで。」

私は画面を見つめた。

美咲が、

初めて言った。

自分たちの娘を――

助けるな。


第2話 助けてはいけない女 完

次回 第3話「存在しない娘」

戸籍にはいない。

写真にはいる。

記憶から消えている。

それなのに、

今日の午前7時48分、

結衣は小学校へ登校する。

そして15時26分に死ぬ。

なぜ美咲は、

自分の娘を「助けるな」と言ったのか。

そして直人が結衣を探し始めたとき、

死亡通知に隠されていた最大のルールが明らかになる。

救えば過去が変わる。

だが――

救われた人間が、本当に同じ人間だとは限らない。

――第3話へ続く。

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