こまいたけがテレビに出た日―10秒の放送が教えてくれた、広報の本当の価値
我が家の広報担当は、幼稚園生だった息子(こまいたけ)かもしれません。
広報の仕事をしていると、「メディアに取り上げてもらうこと」をひとつのゴールとして施策を考えることがあります。
新聞やWebメディアももちろん嬉しいのですが、やはりテレビで放送されると反響は大きいです。
そんなテレビの話になるたび、私は少し思い出す出来事があります。
それは、こまいたけが初めてテレビに出た日のことです。
「すみません、お子さんにインタビューしてもいいですか?」
数年前のゴールデンウィーク。
家族で泊まりがけの旅行に出かけ、屋内型のテーマパークで遊んでいました。
当時のこまいたけはまだ幼稚園生。
お気に入りの車のおもちゃに夢中になって遊んでいると、一人のスタッフさんが近づいてきました。
「すみません、お子さんにインタビューしてもいいですか?」
見るとテレビ局の撮影クルーでした。
「いまこのテーマパークを取材しているのですが、お子さんに少しお話を聞かせてもらえますか?」
突然のお願いに、私は少し不安になりました。
幼稚園生だし、知らない大人から質問されたら緊張するんじゃないか。
ちゃんと答えられるだろうか。
そう思いながら本人に聞いてみると、
「わかった!」
返事は驚くほど軽やかでした。
子どもの方が、ずっと堂々としていた
「今日は何をしているの?」
「楽しかった?」
質問はどれもシンプルなもの。
こまいたけは少し考えながら、一言ずつ、はっきり答えていました。
緊張している様子はまったくありません。
むしろ楽しそう。
子どもの頃の私だったら絶対にできなかっただろうな……と思うくらい堂々としていて、親ながら感心したのを覚えています。
その後、遊んでいる様子を少し撮影してインタビューは終了。
時間にすると、たった5分ほどでした。
それでもその日はずっと、
「今日テレビの人にインタビューされたんだよ!」
と嬉しそうに話していました。
翌朝、本当にテレビに映っていた
翌朝。
妹からLINEが届きました。
「こまいたけちゃん、テレビ出てるよ。」
慌てて宿泊先のホテルでテレビをつけると、朝のニュースではゴールデンウィークの観光スポット特集が繰り返し放送されていました。
その中に、こまいたけのインタビュー。
本当に映っていました。
こうして、こまいたけは人生初のテレビデビューを果たしました。
本人はもちろん朝から大興奮。
数日間は会う人みんなに、
「テレビ出たんだよ!」
と自慢げに話していました。
今でも家族の思い出になっている
放送された映像は、そのとき動画で残しています。
今でも時々家族で見返すことがあります。
すると、こまいたけは少し照れながらも、どこか誇らしそうにニンマリします。
テレビに映った時間はほんの十数秒。
でも本人にとっては、一生残る思い出になっています。
広報目線で考える「なぜ、こまいたけが選ばれたのか」
広報の仕事をするようになってから、この出来事を違う角度でも考えるようになりました。
「なぜ、あの日こまいたけだったのだろう。」
テーマパークにはたくさんの子どもたちがいました。
その中でインタビューされる子はほんの一握りです。
振り返ってみると、理由は2つあったように思います。
1つ目は、親子で自然に会話しながら遊んでいたこと。
撮影クルーからすると、「この子はインタビューしても話してくれそうか」という安心感はあったのではないでしょうか。
黙々と遊んでいたり、泣いていたり、ぐずっていたりすると、声をかけるハードルは少し上がります。
親と楽しそうに会話している様子は、きっと見られていたのだと思います。
2つ目は、本当に夢中で遊んでいたこと。
実際に放送では、インタビューだけでなく遊んでいる様子も使われていました。
カメラを気にしてチラチラ見たり、恥ずかしがって遊べなくなってしまう子では、自然な映像は撮れません。
夢中になっている姿そのものが、「この施設は楽しい」という一番伝わる映像だったのだと思います。
なぜ放送でも使われたのか
さらに考えると、インタビューされた子どもの中でも、放送される子は限られます。
ここにも理由があった気がしています。
1つは、こまいたけが当時かなり幼く見えたこと。
ベビーフェイスだったこともあり、「こんな小さな子でも楽しめる施設ですよ」というメッセージになっていました。
そしてもう1つは、答えが短く、分かりやすかったことです。
「難しかったけど楽しかった。」
たったそれだけ。
でも十分伝わります。
テレビは限られた時間で編集されます。
長く話すよりも、短くても気持ちが伝わる言葉の方が編集しやすい。
子どもだから多少言葉が拙くても、それ以上に「本当に楽しかったんだな」が伝わることの方が大切だったのでしょう。
私も以前テレビのインタビューを受けたことがあります
実は、私も開発者だった頃に仕事でテレビのインタビューを受けたことがあります。
そのときの私は、「せっかくだから良いことを言わなきゃ」と考えすぎていました。
結果として話は長くなり、少し取り繕ったような言葉になってしまいました。
編集する立場からすると、どこを切り取ればいいのか分かりづらかったのでしょう。
結局、そのコメントは放送では使われませんでした。
……完全に、こまいたけの勝ちです(笑)。
この経験以来、「伝える」と「たくさん話す」は違うのだと実感しています。
広報の仕事でも、メディア対応では同じことを意識しています。
短く。
はっきり。
そして、その言葉を受け取る人の顔を思い浮かべながら話すこと。
情報を詰め込むより、一つでも心に残る言葉の方が、ずっと伝わるのだと思っています。
テレビ放送の本当の価値は、その先にある
こまいたけは今でも、あのテーマパークへ行くと、
「あの時ここでテレビに出たよね。」
と嬉しそうに話します。
放送されたのはほんの10秒。
でも本人にとっては、何年経っても色あせない思い出になっています。
この出来事を思い返すたびに、私は広報という仕事にも同じことを感じます。
テレビ放映というと、「認知が広がった」「問い合わせが増えた」「売上につながった」といった事業への効果に目が向きがちです。
もちろん、それも広報の大切な役割です。
でも、もう一つ大きな価値があります。
それは、その事業に関わる人たちの誇りになることです。
自分たちが携わってきた商品やサービスがテレビで紹介される。
家族や友人から「見たよ」と声をかけられる。
社内でも「うちの会社、テレビに出てたね」と話題になる。
そんな体験は、「自分は誇らしい仕事をしている」という実感につながります。
人は誰でも、「誰かに認められたい」という気持ちを持っています。
テレビという第三者のメディアに取り上げられることは、その思いを自然と満たしてくれる出来事なのかもしれません。
だから私は、テレビ放映は事業を加速させるだけではなく、その事業で働く人たちのエンゲージメントを高める力も持っていると感じています。
広告は、自分たちの伝えたいことを届ける手段ですが、広報は、第三者が「これは伝える価値がある」と認めてくれた結果が伝わっていきます。
だからこそ、取り上げられたときの喜びは、数字だけでは測れません。
こまいたけが今でも少し誇らしそうに「あの時テレビに出たよね」と話す姿を見るたびに、そのことを思い出します。
テレビに映ることがゴールではない。
その体験が誰かの誇りになり、次の挑戦への力になる。
それこそが、広告とはまた違う、広報という仕事ならではの意義であり、私がこの仕事を好きな理由なのだと思っています。
