通勤時間は苦行?生活の一部?
皆さんは通勤時間ってどれぐらいかかっていますか?
私は家の玄関から職場のドアまで、1時間半以上かかります。
往復すると3時間以上。1日の1/8以上です。
1回の食事を30分で済ませるとしたら、3食合わせても1時間半。つまり私は毎日、「3度の飯より通勤」に時間を使っていることになります。
数字にすると、なかなかのインパクトですよね。
もちろん、人によって通勤時間はさまざまです。
会社まで15分の人もいれば、私より長い時間をかけて通っている人もいると思います。
皆さんは、その時間をどのように過ごしていますか?
私の最近の過ごし方は、大きく分けると4つあります。
①noteを書く時間
ここ最近で一番多いのが、noteの下書きです。
朝は皿洗いや洗濯物干しなどの家事。
昼は仕事。
夜は家族との会話や子どもと過ごす時間。
家にいると、まとまって一人で考える時間は意外とありません。
だから電車に乗っている90分間は、誰にも話しかけられず、家事も仕事も始まらない、ちょっと不思議な時間です。
最近の記事の多くは、この通勤電車の中で生まれています。
頭の中に浮かんだことをメモして、少しずつ文章にしていく。
移動時間だったはずの90分が、今では私にとって「アウトプットの時間」になっています。
②転職活動という、インプットとアウトプットの時間
今も細々と続けている転職活動も、通勤時間を活用しています。
エージェントから届く求人を確認して、「これは詳しく見よう」「今回は見送ろう」と仕分けをする。
興味を持った会社は応募するか考え、応募したら今度は求人内容に合わせた面接対策と企業調査。
複数社が同時に進むと、「この日は仕事の予定と重ならないかな」「準備時間は足りるかな」とスケジュールも調整しなければなりません。
求人に応募するだけでも、意外とやることは盛りだくさんです。
もちろん、会社の人に見られたら気まずいので、出勤も退勤も「知り合いがいませんように…」と周りを気にしながらスマホをポチポチ。
転職活動を経験した人なら、この妙な緊張感に共感してもらえるかもしれません。
③通勤中から始まる本業
仕事も、実は通勤中から少しだけ始まっています。
まず確認するのはメールです。
広報という仕事柄、社外秘の情報を扱うこともあるため、電車の中で内容をじっくり確認することはほとんどありません。
一方で、役員から「至急対応をお願いしたい」と連絡が入ることもある仕事です。
だからメールを開かないわけにもいかない。
画面を周囲から見られないように気を付けながら、緊急性だけは確認する。
情報を守ることと、スピードが求められること。
その両方を求められる仕事なんだな、と通勤中にも感じます。
また広報の仕事はnoteの内容にもそのバランス感は活かされているような気がします。
④人間観察も、ちょっとした楽しみ
そして、何も考えたくない日は人間観察です。
今日は学生さんが多いな、試験でもあるのかな。
大きなスーツケースを持った人を見ると、「旅行かな?」「海外から来たのかな?」なんて勝手に想像したり。
そんな時間も結構好きです。
特に目がいくのは、赤ちゃん連れの親子。
泣かないように一生懸命あやす親御さん。
そんなことはお構いなしにキョトンとしている赤ちゃん。
その光景が、とても微笑ましいんです。
自分も子どもが生まれてからは、電車やバスで頑張っている親御さんを見ると、「頑張れ」と心の中で応援するようになりました。
赤ちゃんと目が合うと、ついニコッと笑い返してしまいます。
……もし、そのせいで泣いちゃったら、ごめんなさい(笑)。
時間の価値はライフステージで変わっていく
実は大学時代は、今よりさらに通学時間が長い生活を送っていました。
その頃は、電車に乗ったら寝る。
起きたら音楽を聴く。
そんな毎日でした。
もちろん、それはそれで学生らしい過ごし方だったと思います。
でも今振り返ると、「もっと本を読んでおけばよかった」「もっと考える時間に使えばよかった」と少し思います。
当時は時間が無限にあるような気がしていました。
でも社会人になり、家庭を持ち、子どもが生まれると、その考えは大きく変わりました。
今の通勤時間は、私にとって貴重なインプットとアウトプットの時間です。
文章を書き、本を読み、仕事や将来について考える。
以前はただの移動時間だったものが、今では未来の自分のために投資をする時間になっています。
それでも、時間は有限
最近、特に感じることがあります。
子どもが「パパ、一緒に遊ぼう」と言ってくれる時間。
自分が元気いっぱいに動き回れる時間。
新しいことを学んで、それなりに頭に入る時間。
こういう時間は、ずっと続くわけではありません。
30代だからできること。
子育て中だから感じられること。
その「今しかない時間」は、思っている以上に限られている気がしています。
だからこそ、毎日3時間を通勤に使うことが本当に自分にとって最適なのか。
そんなことを最近よく考えます。
もちろん、長い通勤時間がすべて無駄だとは思っていません。
実際、このnoteの記事も、その多くが通勤時間から生まれています。
でも、もし同じことが30分の通勤でできるなら。
浮いた2時間半は…
家族と夕飯を囲めるかもしれない。
息子と恐竜で遊べるかもしれない。
妻とゆっくり話せるかもしれない。
あるいは、新しい知識を身につけられるかもしれない。
だから私は、通勤時間を無駄とは思わないけれど、長いと浪費している感覚になります。
やっぱり——
3度の飯より長い通勤時間は、要らないです。
そう思いながら転職活動も進めています。
皆さんにとって通勤時間は、苦行ですか?
それとも、生活の一部ですか?
