最寄り駅に着くと、ひどい雷雨だった
最寄り駅に着くころ、電車内にアナウンスが流れた。
この先、大雨で電車が遅延するという。路線によっては遅延で済まず、運休も発生しているようだ。
案の定、最寄り駅で降りると大雨が激しく屋根を打ちつけている。どこか遠くで、と言ってもそんなに遠くない場所で、雷鳴が響いている。
ホームから道路を見下ろすと、雷雨を予想していなかったのか、傘を持たない人たちが走っている。一方で子どもがきゃっきゃとはしゃぐ声も聞こえる。
隣にいた人が、「しばらく降るよ」とため息混じりに言った。僕もYahoo!天気を開く。雨雲レーダーには、30分先まで濃い赤色が居座っている。きょうはもう急いで帰る必要もない。雨が止むまで駅のホームの待合室にいることにした。
普段、待合室はあまり使うことがない。
もしかすると最後に使ったのは、数年前の冬に実家から東京に戻ったときだろう。
それはあまりにも風が強い冬の日で、ホームでしばらく耐えたものの、たまらず待合室に逃げ込んだ。18歳で初めて上京したときも、30歳を過ぎてからも、両親は僕が改札の向こうへ消えるまで見送ってくれた。その姿に、気恥ずかしさと、もの寂しさを感じたことを思い出す。
雨の音が強くなる。次々と電車は到着するが、降りてくる人は不満そうな顔をしている。待合室の扉が開くたびに、湿った風を肌に感じた。
きょうのことを思い返す。
きょうは、18歳の頃知り合った友人と祭りに出かけたのだ。
18歳。あの頃は、お金も何もなくて、ただ延々と歩きながらお互いの将来を夢想したり、たわいもない話をしたりしていた。
僕は彼が好きだった。恋愛感情なのかは分からない。だけど、彼に会いたいという気持ちが長く続き、ただ存在に惹かれているように感じていた。
彼とはさまざまな事情から頻繁に会うことは叶わなかったが、彼が気まぐれにしてくれるハグは、身体の内側からじんわりと幸福物質が出てくるようなものだった。だから、自分から身を離すことはなかった。いつまでもしていたかった。
僕は当時、いまもかもしれないが、駆け引きなんてものが苦手で、ひたすらド直球に彼を追いかけていた。
やがて、大学を卒業するころ、僕らは会えなくなった。いろんな要因が重なったことはわかっている。でも正確な理由は分からない。
彼と会えなくなっても、二人でよく聴いた音楽や彼の独特の話し方、彼が与えてくれたものだけは残った。
SNSでは繋がっていたが、年月も経てば彼との思い出も薄まっていった。
ひょんなことからやり取りを再開し、僕らはまた会うことになった。再会してからは、数年おきに何度か会っては数年間を埋める作業を繰り返した。
今年は、僕らが知り合ってから18年。だいたい36歳だから、彼を知っている時間が人生の半分になった。
そしてそんな僕らは、きょう七夕祭りへ行った。
あちこちに飾られた短冊には、思い思いの願いが書かれている。
蒸し暑い会場をひととおり見てまわった。祭りは大賑わいで、押し寄せる人の波にくたくたになり、なんとか近くの飲食店に逃げ、体の熱を冷やすようにLサイズのアイスタピオカミルクティーを飲んだ。あの頃には、まだなかったものだ。
ここ数か月、僕は体調を崩していた。同じような不調に詳しい彼に、医者に何を言われたか、薬にはどんな副作用があったかと、とうとうと語った。その間、彼は親身に耳を傾けてくれた。
また、ここ数か月で、同棲していた恋人との関係が一段落したこと、いままた寄り添える人がいたらと思っていること、ちょっとだけ気になる人がいることも話した。聞き終えると彼は「そんなことより、自分の今の状況を考えな」と、よくも悪くも突き放した。こういうところだ。
そんなこともあったね、と昔を語りながら、僕はかつて本気で惹かれていた彼に、いまは別の人の恋愛相談をしていることに気づく。
タピオカミルクティーのティーだけを飲み干し、タピオカがたくさん残るカップを苦戦しながらすする。
それでも大人になったね、と小さく笑い合った。
飲食店を出ると、とっくに日没を迎え、七夕の飾りが街灯の光を受け、キラキラと揺れていた。もう少し祭りを見ていく? と聞いてみたものの、お互い、もう人混みには疲れていた。とはいっても、駅前まで人であふれていたので、一駅先まで歩くことにした。
歩き始めると湿った風が吹きはじめ、遠くの空が光りだした。「雨が降りそうだね」と、少しだけ早足で隣駅へ向かった。
彼の家は道中にあったのに、わざわざ改札まで送ってくれた。
「じゃあ、また」というと、彼はふいに両腕を開いた。
かつて、簡単にはできなかったハグだった。
人目など知るものか、彼の胸に飛び込んで両腕を背中に回した。
少し汗ばんだTシャツの感触がした。かすかに柔軟剤の匂いがする。
「ありがとう。じゃあまた」
自分からハグをやめ、背中を向けて改札に進む。ホームに向かうエスカレーターにたどり着くまで、たった数メートルの距離を二度も、三度も振り返ると、彼は僕が見えなくなるまで手を振り続けていた。
空は今にも雨が降り出しそうだった。
これを書き終わったいまも、最寄り駅の待合室には激しい雨の音が響きわたっている。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップは活動費に使わせていただきます! 