フレーズボトル・バイバイ


715幕張で1曲目に演奏されたのが、
フレーズボトル・バイバイだった。

私個人の感想としては、
バイバイとは言ってるけど
「これが俺たちの貫いてきたスタイル」だと
そして「こういうバンドで在りたい」と
改めて示してくれたように思った。

こんな受け取り方もあるのだな、と
ところどころ勝手な解釈を
多めに見てもらいたい。
※無理そうな人はここでバイバイ



その他大勢の声に惑わされない、ロックバンドの生き様


もっともらしいことをいう外野たち
それらを「お前誰だよ」と一蹴する。

意志を持って続けられてきたプログラム。
外野はどうでもよくて、自分たちだけの道。

誰かの敷いたレールに沿ってしまえば
この旅に意味なんかない。

大衆の意見に沿ったところで流行は変わる。
だから「ざまあみろ」って舌出して
やりたいようにやるのだ。

どうせいつか終わるから
今を一生懸命やるだけなのだ。


ハローグッバイの繰り返し


即ち、来る者拒まず、去るもの追わず。

ライブでのバイバイは、
「さよなら」じゃなく「またね」
期待値はそこそこ。

とはいえ、他人同士。
去るもの追わず来る者拒まず。

彼らは彼ららしく
年中いつでも好き勝手ライブをしている。
正しくないまま。
なるべく見つからないように。

時にはエイリアン、時にはスパイ活動。
なるべく潜んで潜んで、狙い撃つ。

「一聴じゃわからないなら
 再来年頃にすれ違うとしよう」

それはきっと狙い撃ち損ねた「君」にも
どっかのタイミングで琴線に触れる時が
来るかもね、なんていう
ボーイ・ミーツ・ガールの
紀元前的な話なんだろう。

きっとそれは、彼らと出会う前の
私たちも一緒。

あの時すれ違ってたはずなのに、
好きにならなかった自分を悔やんだ経験
誰にでもあるよね。

「いなくなったと思わせてぶちかませば」
ってのは、もしかすると
有名になりすぎた彼らが
地味に(硬派に)活動を続けて、
ふとしたタイミングで再会した「君」の
心に届いた瞬間にきっと、
心奪うってことじゃないかな、
なんて思う。


ボーイ・ミーツ・ガール


それは、
少年と少女が出会って恋に落ちる
ベタなラブロマンスを指す言葉。

かつて彼は言っていた。
バンドとファンは、永遠に片思いをし合う
他人同士なのだと。

いつかのどこかですれ違う瞬間、
ピンと来たのがきっかけで
恋が始まり、誰かの日常の歯車を回す。

ライブはお互いにとって大事な時間。
少しの幸せで日常はぐんぐん回る。
生きてる時間、すなわち会える時間は
有限だけど、だから、今が大切。

「ライブに来る」というアクションは、
ガール・ミーツ・ボーイであり、
答え合わせのような
幻のような、時間。

でも始まりは、絶対に
ボーイ・ミーツ・ガールなのだ。
会いに来るよりも先に、
そのきっかけをくれている。

バンドに必要な活動は
曲を作り、RECして、CDを流通させ、
君の街へ行き、ライブすることだと、
それだけなのだと、言っていた。

言葉を密封して、遠くへ飛ばす。
まさにフレーズボトル・バイバイだ。


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