「デマ」ってなんだろ?
「季節の変わり目」ですね。
体調を崩されている方もいらっしゃると思います。
どうぞ、ご無理をなさりませんように。
自分も、昨日から若干の息苦しさがあったのですが、喘息発作時用の吸入薬である「サルタノール」が効かなかったので、喘息の症状ではないのかも?
などと思っていたら、明け方に突然、とんでもない悪寒に襲われ…
頭痛と怠さもあったため、念のため仕事を休ませていただきました。
発熱がないのに、休みを取るのは悩むところですが、とにかく静養します。
という訳で、短めの記事を。
先日、新宿で、
「デマと差別が蔓延する社会を許しません街宣Vol.2 @新宿駅東南口広場」
というイベントがあったようです。
共産党、社民党の「考え方」、「思想を表すための行動」、
全てに対して疑問…いや嫌悪感を持っているため、イベント自体はどうでも
良いのですが。
Kyoto Jazz Massiveの沖野修也さんが出席されていたということで、少し
調べてみたら…「赤旗」にも普通にお名前が載るような方だったのですね。
日本のクラブミュージックにハマっていた2000年代、彼らの音楽にも惹かれただけに、思想と芸術…難しいなあ。
本来、色眼鏡で見てはいけないのですけど、少し残念な気持ちに。
とはいえ、制作された音楽作品については、フラットに受け取る姿勢は変えないようにしたいと思います。
さて、自分は…
「デマ」は嫌いです。 でも、『信念を持つ正当性がある主張』は好みます。
「差別」は嫌いです。 でも、法や社会規範による『区別』は否定しません。
そこで…
『デマと差別が蔓延する社会を許しません』
というなスローガンを掲げておきながら、その実、「自分たち(特定少数の団体・思想を持つ人間)にとって都合の良い社会を作りたい」という思惑があるムーブメントを煽動する…
それはそれで、やはり「デマ」なのではないかと。
というか、自分たちに政治的な正当性がない(特定層の利得だけを追求している)ことを実は解っていながら、純粋な一般大衆を扇動する…
それってどうなんでしょう?
某政党がよく「政教分離」のやり玉に挙げられますが、構造としては、結局
同じようなことでは?🤔
そんな魂胆が透けて見えるからこそ、今や、多くの日本国民からは嫌悪されたり、『奇異なものとして面白がられる』くらいの状況になって居るのではないかと思います。
『それを報じないマスメディアのあり方』も含めて。
まあ、政治や経済活動も、ある種の宗教性というか、熱心な支持者をどれだけ集められるか、が大事だったりすることも、ままあります。
以前の社会では、一般大衆は半ば無条件に、マスメディアの印象操作を信じ込んでいました。
情報源が限られていますし、偏向はあれど、「ここまで酷い」とまでは思っていなかったのだと思います。
ところが、今の時代はネットやSNSのおかげで、誰もが発信者になれる。
それこそ首相自らが、メディアを通さずに国民に訴えかけることも簡単にできるようになりました。
以前も書きましたが、もちろん『ネットにも偏りはあります』。
みんながみんな、ポジショントークを自由にできる状況になっている訳ですから。まあ、カオス(混沌)になりますよね。
だからこそ、大切なのは「ある情報」を目にしたとき、そのまま真に受けるのではなく、自分でしっかりと考えて、選別して受け取ること。
これを、1日で何百回…それ以上やらないといけないわけですから、面倒くさいです。
そりゃあ、現代人は脳や心が疲れるのも無理はないと思います。
そして…目も。
まずは自分なりの「軸」を持つこと、その考え方と反対の意見を見たときに単に否定するのではなく、「ファクト」がどこにあるか、できるだけ知っておく、知らなければ調べる。
そんな処世術が、スキルとしてますます必要になっているんだなあ。
…などと、まさにとりとめもないことを考えながら、今日は休みます。
明日は、元気になりますように✨
本日も、お読みいただきありがとうございました!!m(__)m
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