見出し画像

【追悼】オジー・オズボーン、会ったことも話したこともない異国のあなたへ

タイトル画像出典:https://www.sonymusic.co.jp/artist/OzzyOsbourne/

「オジー・オズボーンって、何なんだろう」。ときどきふとそう考える。

ぶっちゃけ、歌はそこまで上手くない歌手だった。ヘタウマって言葉もあるけれど、音源はともかく、若い頃からライブはなかなか。ライブDVDがリリースされたときは、当時現地にいたひとが「どんだけ音程修正したんだよ!」と笑うほどだった。

でもたまに、「Sabbra Cadabra」みたいにブっとんだヴォーカルが出てくる。オジーといえばダブリング(2テイクのヴォーカルを重ねる手法)だけど、「Symptom of the Universe」のアウトロで聴けるクリーンな歌声も絶品だ。制作ドキュメンタリーで聴ける「Planet Caravan」のエフェクトなしVer.なんて、妖艶さすら感じさせる。

性格や行動についてはノーコメント。掘れば掘るだけ変なエピソードしか出て来ない、世界遺産みたいなミラクル・マンである。しかもみんな忘れているが、あれで「表で語れる範囲」という罠。

一応オジーの名誉のために書き記しておくが、舞台の上でコウモリの首を噛み千切ったことに関しては、「オモチャだと思ったら動いてびっくりしてアゴに力が入っちゃった」ので完全に事故だ。なおその後ハトを食い殺したことに関して、これは完全に故意である。

そんなオジーのライブパフォーマンスといえば、スタンドからマイクを取ったり戻したり、猫背でウロウロしつつ伸びあがって手拍子したり、尻を出したり。尻についてはトニー・アイオミも「あいつのケツは自分のケツより見ているよ」と語るほどである。

どんなにエモいことを思い出そうとしても、ステージの上でずぶ濡れになってウロチョロしながら尻を出す姿がちらつく男──それがオジー・オズボーンだった。

だから2025年7月23日の朝、彼の訃報が流れて来たときも、「よくぞこの76年間を生き切って、最期のステージに立ってくれた」という声が世界中から聞こえて来た。いつ死んでもおかしくない人生だと、みんなが思っていた。医者ですらその頑丈さに首をかしげて、研究までするほどだ。なお研究の結果、オジーはアルコールとドラッグに強くコーヒーに弱い体質らしい。それだけじゃ説明つかない所いっぱいあるだろ。

不衛生な環境でタトゥを入れては高熱を出し、デッキブラシで歯磨きし、致死量の麻薬をやって、酒を浴び、血肉の中に飛び込んで、尻を出し、生き切った76年。イギリスおよびアメリカの平均寿命から考えると、「まだ若かったのに」というほどの年齢ではない。交通事故の後遺症に近年の体調不良、そしてコロナ禍や加齢を踏まえれば、ごくごくありふれた、ひとりの老人の死といえる。どんなに頑丈な人間でも、70過ぎれば風邪ひとつで死に至る──そういう教訓すら感じた。

今だから言えることだが、2025年7月5日の引退公演のとき、私は「オジーはもう長くない」と思っていた。パフォーマンスを観た感想ではない。直前の取材もろもろに、オジーが欠席していたからだ。

それでも、こんなに早く訃報を聞くことになるとは思わなかった。まだ2週間と少し。娘がプロポーズを受ける場面に出くわし大声で茶々を入れたあのときから、2週間と少ししか経ってないのに。「悲しい」というよりも、ただ「寂しい」。

オジーの最期のパフォーマンスを観たとき、私はやっぱり、「オジー・オズボーンって、“何”なんだろう」と考えていた。

歌は上手くない。容姿は悪くないけど特別良くもない。パフォーマンスも特別じゃない。ブラック・サバスの功績は、多くがトニー・アイオミの天才性と、オリジナルの4人の化学反応にある。

キャラクター性を抜きにすれば、オジーが頭ひとつ抜けていたのは、聴きやすいメロディアスな音楽性と、まだ無名の優れたギタリストを発掘する才能だった。それはまさに超能力的な部分で、“ミュージシャンとして優れている”というより“人間的に運が良い”って部分だったと思う。
でも、それだけじゃないことは、みんながわかってる。

2025年7月5日、オジー最後のステージを眺めながら、私は「なんて笑顔に満ちたライブなんだろう」と思っていた。あのライブに何も思うことは無いといえば嘘になる。サバスのリーダーはアイオミだと明言されている以上、サバスを私物化しているかのような「ブラック・サバスのラストライブ」という売り文句が、なんだか嫌だったのだ。

でも、ライブはすごく“良かった”。超豪華ゲスト陣の演奏はもちろん、舞台袖の人口密度の高さ、世界一エンジョイしてるジェイソン・モモア、楽しそうなオフショットの数々。演者と観客が笑顔に満ちあふれているライブは、どんな内容でも“良いライブ”なのである。

雰囲気としてはフレディ・マーキュリー追悼コンサートに近いものがあったけれど(出演者も一部かぶってるし)、あのライブは何より、「オジーが存命のうちに行われた」というのが良かった。幕間は悪ふざけ全開のコラや寸劇まみれ。真っ昼間からヘッドライナー級のモンスターバンドが勢ぞろい。そして最後にブラック・サバス。なんてライブだろう。ヘヴィメタルの誕生から今までを回顧する走馬灯みたいだった。

まさかあれが最後になるなんて。椅子に座ったままとはいえ、昔と変わらないオジーの様子に、「またひょっこり出て来るんじゃないか?」って、きっとみんなが思ってた。喜びと笑いに満ちた、最高のライブだった。もしかしたら、オジーには全てわかっていたのかもしれないが。

ところで、オジーのあだ名は“闇の帝王”なんだだけど、どのへんが“闇”なんだろう。だってオジーの周りは生涯、笑顔に包まれていたじゃないか。
オジーは人を笑わせるのが大好きで、ステージの上でもいつも笑顔だった。訃報が流れてきたその日、あんなに面白エピソードばかり出てくる人間が他にいるだろうか。さすがはアルコール依存症治療のために入院して、退院したその足でパブに行く男である。

若き日、オジーは自らの父親に「将来おまえは大スターになるか、犯罪者になるか、そのどちらかだ」と予言され、結局それはそちらも的中した。なおこの場合、文章的に「予言的中」をどう定義するのかはかなり微妙なところ。

オジーに病があったことも、重い悩みがあったことも、苦しみがあったことも知っている。でも、彼ほどたくさんの人を愛して、笑顔にして、最後の最後まで人生を駆け抜けた人間はいない。

そんな彼がどうして“闇の帝王”なのか。曲もそんなに暗くないのに。

結局それは、よくわからなかった。多分海外ではキリスト教や悪魔崇拝うんたらかんたらがあるんだろうけど、日本にそういう価値観はほとんどない。デビュー当時はキラキラの金髪だったし、ブラック・サバス自体も案外そこまで黒くない。ソロになってからは闇の帝王なイメージ戦略(?)も取っていたし、サバスも名前の通り黒一色に染まって行ったけど、決して怖いイメージは無かった。

でも、なんだかんだ“闇の帝王”っていうのが、オジーに一番似合うあだ名なんだと思う。メタルの帝王と言われると何かが違う。メタルの始祖はアイオミだし、メタルゴッドはロブ・ハルフォード。
オジーは“マッドマン”であり、“闇の帝王”で、「メタル」って語句は入らない。メタル要素は強いけど、音楽以上に本人のインパクトがデカい。だから、こんな感じがちょうどいいのかもしれない。

オジーの訃報を聞いたとき、真っ先に思い出したのは彼の笑顔とバンドの笑顔、そしてファンの笑顔だった。

ラストライブではステージの下で衰えた姿を見せながら、ステージに上がった途端に20代の頃と変わらない笑顔を見せたオジー。何度も立ち上がりかけていたオジー。

彼が作る“闇”は、いつも温かくて、きらきらして、やさしくて、しあわせだった。

だからオジーの周りのメタルは、笑顔にあふれて、どこかやさしく愛される音楽になったんじゃないかと思う。

ひとはあるとき肉体の勤めを終えて、魂だけの存在になるのだと、どこかで聞いたことがある。
それならオジーは全ての痛みから解き放たれて、今頃は世界中に散らばる何億ものファンを訪ねている最中かもしれない。
私の番が来たらどうか、白いお尻を見せてほしいな、と思う。
それこそ、暗闇にドッキリみたいな感じで。

   ◆   ◆   ◆

最後に少しだけ、ファンとして感傷に浸らせてください。

会ったこともないあなたのことを、私は少しだけ知っています。あなたは当然、私のことを何も知らないし、存在も知りません。知らなくていいことだから。

あなたのステージを生で観たかった。一番奥の席で、豆粒のような姿でいいから、あなたの声に包まれたかった。
「76歳、よくここまで生きた」なんて言ったけれど、そんなのはうそです。
本当はあなたに、何百年でも生きていてほしかった。

大学の図書室の地下視聴覚室でひとり、『黒い安息日』を聴いたとき、あなたの歌声が流れて来たときの、「この世の全てがわかった」という感覚を一生忘れません。
あのとき、私に未来をくれたのは間違いなくあなたです。

あなたが天の国へ旅立ったという報せを聴いて3日、私は泣きながら、少しだけ、老いて行くのが楽しみになりました。
カレーが美味しい国から、鳩が飛ぶ空を見るたび、お酒の缶を空けるたび、紅茶を淹れるたび、音楽を思い出すたびに、あなたを想います。

あなたは昔、自著の最後に「自分の墓にはリンゴかブドウの木を植えてほしい。いつか俺の子どもや孫たちが、そこから作った酒で酔っぱらえるように」と書いていましたね。
どうかその一口、一粒、一滴だけを、あなたのステージを見ることが叶わなかった私にください。そうすればきっと、私はあなたの声が聴けるような気がするのです。

会ったこともない、言葉を交わしたこともないあなたへ。
あなたが願った平和のもと、安らかな眠りがありますように。
いつまでも愛しています。

Text:安藤さやか

いいなと思ったら応援しよう!

安藤さやか 記事を気に入っていただけましたら、こちらから安藤にCD代やごはん代を奢れます。よろしければよろしくお願いします。