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戦後、80年。

終戦の日。戦後、80年だ。
今朝の日経新聞には「戦争を知らない子どもたち」の記事が出ていたが、戦争を体験として覚えている人がどんどん減っている。

思うところがあり、書きながら自分の考えをまとめてみようと思った。

本当に平和ボケした世界で生きてきた。
私の母は、少し政治活動に関わっていたこともあり、幼児期の私の本棚には、戦争を描いた絵本(パパ、ママ、バイバイなど)が数冊並んでいた。
それはそれは恐ろしい絵本で、幼児が見て本当の意味で理解できるかは分からないが、物心ついたときから戦争は絶対にしてはいけないもの、という思いが私の中には育っていた。
その後も、夏休みの映画と言えば戦争を題材にしたアニメなど、普通の家庭より反戦教育は受けてきたほうだと思っている。

そんな私でも、ウクライナの戦争について、毎日毎日心を痛めているかというと、正直そうではない。
見渡せば世界中で争いが起き、理不尽な死を迎える命は、数え切れない。
ただただ美しいこの世界を、同じ空の下にいる人が幸せに享受していない事実を、私は知っている。
情報はいくらでも入ってくる。それなのに私がしていることと言えば、毎月のお給料の一部を大きな機関に寄付すること、寺社仏閣を訪れた際に世界の平和を祈ることくらいだ。。

戦後、80年。
戦争は私が生まれるずっと前の話だった。
でも私の家族は戦争を体験していた。
祖父母は皆、戦争の話はあまりしたがらなかったけれど、祖父母が存命の間は、私にとって戦争はもう少し身近なものだった。
設定された機会でのみ、家族ではない他人からしか戦争の話を聞けない、そんな大人に育てられた子どもたちは、戦争についてどう考えて育っていくのだろうか。

国や人種を分ける(分類する)概念があるから、諍いが生まれる。
物事を分類することは学問において必須の行為だけれど、人と人の間においては、本来あってはならないものだと再度気付かされる。

あなたはわたし、わたしはあなた。

本当にそう思えたら、戦争は起きないのだろう。

世界はそういうリーダーを育てていかなくてはならないのではないだろうか。


2025年8月15日
都内のcafeにて。


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