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【読書コラム】いつ誰が心を殺されてもおかしくはない世の中だから、レジリエンスを得るまでの軌跡は勇気がもらえるし、こうやってフォトエッセイが出版できるまで復活できて本当によかったね - 『透明を満たす』渡邊渚(著)

 渡邊渚さんを応援したくて、話題のフォトエッセイは早い段階で予約していた。なので発売当日の朝に届き、昼前に読み終えることができた。

 素直に彼女がこういうフォトエッセイを出版できるレベルまで回復してよかったと思った。なにがあったのかはわからないけれど、心が殺されてしまったことは本当なのだろう。それに客観的な指標はなく、主観的な現状であると考えれば、こんな風に描写される出来事は相当に苦しかっただろうと想像される。

 2023年6月のある雨の日、私の心は殺された。

 仕事の延長線上で起きた出来事だった。それが原因で、私は"PTSD・心的外傷後ストレス障害"になった。PTSDとは生命を脅かされるような出来事(トラウマ体験)がきっかけで起きる精神疾患だ。PTSDになった要因のトラウマ体験は、私にとって一生消えない傷となった。
 あの瞬間、恐怖で身体が動かなくなって、「助けて」が届かない絶望感と大好きな人たちの顔が頭に浮かんだ。どんどん自分の身体と心が乖離していって、幽体離脱のような感じだった。真っ暗で冷たい井戸に落とされたかのように、どれだけもがいても救われることはなくて、意識はあるのに死んでいく。何が起こっているのか、よくわからなかった。
 トラウマ体験をした翌日、私は出来事を受け止めきれず、高校時代からの親友にメッセージを送った。事の次第を伝えたら、すぐに親友は私の家まで駆けつけてくれた。

< - 省略 - >

そのとき初めて「怖かった」と口にして声を出しながら泣けた。ようやく、蓋をしていた感情のるつぼを開くことができた。あの時感じたのは、どれだけ抵抗しても伝わらなかった絶望感と無力感、尊厳を踏みにじられた悔しさ、そして恐怖だったとやっと理解した。

渡邊渚『透明を満たす』60-61頁

 以来、繰り返されるフラッシュバック、治療費で減っていくお金、妊娠できなくなるかもという不安、仕事を辞めたら追い込んだ人たちに負けるという葛藤、SNSの攻撃などなど。心が殺されてもなお、生きていかなきゃいけないときにぶつかるリアルな問題を彼女は赤裸々に書いてくれている。

 実際、大変だったと思う。1997年生まれの彼女が心を殺されたのは2023年。まだ26歳だった。成人しているとは言え、一般常識に鑑みればめちゃくちゃ若い。フジテレビという大手企業に勤めていたとしても財産を作れるはずはない。結婚や出産のイメージを持つことができなくなってしまう痛みはあまりにも重い。

 仕事ができなくなる悔しさも大きい。特に彼女はアナウンサーという特殊な職業に就けたのだ。運と努力を積み重ね、ようやく夢が叶ったばかりだというのに、他者に傷つけられて辞めなきゃいけないなんて理不尽にもほどがある。

「なぜ生きているの?」

 病気になってから幾度となく私の頭に出てきたフレーズだ。

 生きている意味を何度も問うて、答えが出ず、頭の中にいつも「死にたい」があった。事件や事故で誰かが亡くなったニュースを見ると、私が代わりに死んであげたかったと本気で思った。あのトラウマがなければ、私の人生はこんなことにならなかった。身体が動かなくなることもなく、アナウンサーの仕事を続けられた。あの日に戻りやり直したいと数えきれないくらい涙を流した。人生が誰かの悪巧みや軽はずみな行動によってあっという間に壊れることを一度知ってしまったら、恐怖が心を支配する。壊れていく音が聞こえるくらい頭が真っ暗になって、命を投げ出したいと思うのは至極当然だと思う。

渡邊渚『透明を満たす』130頁

 でも、彼女は病院を頼り、行政を頼り、過酷な持続エクスポージャー療法でトラウマと向き合うことに耐え抜き、生きる選択をした。その姿は最高にカッコよく、グラビアページに映える笑顔はとても眩しかった。

 この本を読みながら、わたしは絶えず「もし自分だったら?」と考えずにはいられなかった。それこそ以下のような注意書きがついていた章はひたすらにつらかった。

注意
このパートには自傷の描写が含まれます。
心が弱っている方、フラッシュバックなどの心配がある方はご注意ください。
また、次のパート(78ページ〜)まで読み飛ばしていただいても、本書の趣旨がわからなくなるということはございません。(編集部)

渡邊渚『透明を満たす』73頁

 もし、自分がPTSDになったら生きていけるだろうか? 正直、まったく自信がない。

 だからこそ、実際に経験した彼女がどういう問題に直面し、どうやって解決してきたかの記録はなによりもありがたい。例えば、ソーシャルワーカーの助けを借りることで多くの不安が解消されるということは義務教育で教えるべきだと感じるほどに重要だった。お金のことや生活の相談など、オールラウンドの悩みに対処してくれるんだとか。

 結局、心を殺された後も生きてくためにはお金が必要。なのに心が殺されているから稼ぐのは大変。というか、現代の生活って健康に働き続けることを前提に組み立てられているので、突発的な事件で心身が破壊されたらたちまち成り立たなくなってしまう。

 いや、本当にそうなのかはわからないけれど、そんな風に考えてしまうので、わたしたちはつい頑張り過ぎてしまう。で、大丈夫なフリを続けて、さらに心身は壊れてしまう。

 わたしの場合、PTSDほど深刻なダメージを負ったことはないけれど、パワハラで適応障害になったとき、まず頭をよぎったのは仕事を辞めて生きていけるのかという不安だった。これが元気なときであれば、転職活動だってできたかもしれない。ただ、まともに寝ることも食べることもできなくなっている現状でまともな仕事が見つかるとは思えない。とはいえ、嫌がらせをしてくる上司のもとに居続けたら症状は悪化していくばかり。行くも地獄、行かぬも地獄で、こういうときのために準備をしてこなかった自分自身を責めることしかできなかった。

 そのとき、役に立ったのがネットで見つけた適応障害体験記だった。具体的には心療内科で最速当日には診断書を出してもらえること、それを職場に提出すれば内容に関係なく会社はその人を休ませる法的な義務があること、会社が給料の支払いを拒否したとしても加入している健康保険組合または全国健康保険協会に申請すれば傷病手当を受け取れること、傷病手当は最大で1年半受給されることなどをその記事を読んで初めて知った。また、傷病手当を受け取っている間、医療費の減額制度を利用することもできるし、場合によっては区の家賃補助制度もあるし、つまり、辞めることを前提にしているのであれば、いますぐお金がゼロになるわけではない、住む場所がなくなるわけではないという確信を持てた。

 だから、怖かったけれど、わたしは心療内科に行くことができた。診断書と睡眠薬をもらい、その日のうちに会社に提出。人事担当を大いに戸惑わせる結果にはなったけれど、おかげでスッキリとした気持ちで久々にぐっすり眠ることができた。そして、翌朝、あらゆるしがらみから解放された頭で未来を考え始めたとき、嘘みたいにクリアな思考で自分のやりたいことを探せるようになった。

 当時、わたしは30歳になる直前。ギリギリ20代だった。いまにして振り返れば若かった。自分の歩んできた道のりだけを根拠に、こういう風に生きていかなきゃいけないという偏った価値観で物事を近視眼的に見ていた。元も子もない言い方をすれば、いまの自分がベストであり、そうじゃなくなった自分に存在理由がないんじゃないかと思い込んでいた。逆に言えば、そういう発想を持つことで過酷な現状を肯定してきた。どんなに嫌なことがあったとしても、これがわたしにとってのベストなんだから、すべて、「おいしい」と受け取らなくちゃ、と。

 奇しくも、その考え方はフジテレビのバラエティを見て育つ中で植え付けられたものだった。イジメはイジリであり、屈辱的なことを笑いに変えられないやつは寒いやつ。すべってはいけないし、うまいこと言って一本取るのが素晴らしい。「楽しい」というポジティブで、ありとあらゆるネガティブをわたしたちは抹消してきた。

 しかし、ネガティブは上塗りされてもなお残り続ける。心の奥に蓄積していき、いつか、取り返しのつかないことになる。最近のフジテレビ問題はまさにその取り返しのつかない瞬間の訪れを意味しているんだとわたしは思う。

 そんなフジテレビを辞め、アナウンサーじゃない自分に価値があるのかという問いを乗り越え、一歩踏み出した渡邊渚さんはカッコいい。また、自分がレジリエンスを得るまでの軌跡をこのような形で示してくれたことは本当にありがたい。

 いつ誰が心を殺されてもおかしくはない世の中だから、この本と無関係な人なんて存在しない。間違いなく、2025年を象徴する一冊だ。




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