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夫が帰ってこないと、家が散らかる

夫の帰りが遅い夜。

ふと気づくと、
テーブルの上には出しっぱなしのコップ。
床には脱ぎ捨てた靴下。
キッチンには、洗われていないお皿たち。

——ああ、家が散らかっている。


夫がいないと、家が散らかる

これはなぜか、年度末になると毎年のように現れる現象だ。


普段、私は皿洗いを夫に任せている。

だから当然、
「皿洗いをしてくれる人がいない」
という状況になると、

「皿洗いをしなければならない私」
が発生する。


ただそれだけの話なのに、
それが、できない。

動かなきゃいけないのに、動けない。

立ち上がって勢いをつける——
その“最初の一歩”に、なかなかたどり着けない。


「わたし一人だと、なんにもできないのかな」
ふと、そんな考えがよぎる。


「主婦として失格かも」
「大人としてどうなんだろう」
小さな罪悪感が、じわじわと広がる。


時間が経てば経つほど
焦りも増えていくのに、
体はますます重くなる。

帰ってこないなら、
自分のごはんは適当でいいや、と思う。

泊まりの日なんて特にそうだ。

どうせ誰も見ていないし、
どうせ誰も困らない。

そうやって、
ギリギリまでごろごろしてしまう夜が続く。

でも、あるとき気づいた!

これって、「だらしない」からじゃないのかもしれない、と
(いや、半分くらいはそうかもしれないけど、笑)

本当は、
「自分に気力を与えてくれる存在が、今ここにいない」
だけなのかもしれない。


夫がいるから、
ごはんを作ろうと思える。

夫がいるから、
キッチンに立てる。

夫がいるから、
生活に“流れ”が生まれる。


逆に、私ひとりになると、
食事は適当になるし、
洗い物は溜まるし、
気づけば部屋は散らかっていく。

そして現実に、
茶色いアイツが出てきて、
ひとりで軽くパニックになった夜もある。

——生活は、案外すぐに荒れる


でも同時に思う。
家が散らかるということは、
ここが「100%気を抜ける場所」だという証でもあるのかもしれない。

誰にも見られず、
誰にも評価されず、
ちゃんとしなくてもいい場所。

それが、この家なのだとしたら…

それはそれで、
少しだけ、悪くない気もする。


それでもやっぱり、
早く帰ってきてほしいと思う。

整っていない部屋の中で、
整わない気持ちのまま、
静かに願っている。


あと半月で終わるといいけれど、
今年は、いつまで続くだろうか。

——できるだけ早く、
この静かな乱れが終わりますように


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柚野 奈月 ここまで読んでくれてありがとうございます♡いただいたチップはクリエイターとしての活動費(主にゆっくりのんびり珈琲する時間)に使わせていただきます!