回想:長い夢の後先
2021年に別名義で「長い夢の話」というタイトルで公開した(現在は削除済)のテキストと、5年後の2026年の話。
「長い夢の話」については、一部を文章の意味合いが変わらない程度に編集しています。
長い夢の話(2021年)
なぜデザインがしたいと思ったの?と聞かれることがある。
答えは「どうやらスーツを着て会社に行かなくても良いらしいから」です。5歳のわたくしの素敵な解答。
幼稚園に上がり、言葉が少しずつわかるようになって、仕事場にスーツを着て行かないし髭も生やしてる父はどうやらデザインとやらをやっているらしいと知った。
それからしばらくして父の仕事場ではじめてIllustratorに触れて、パソコンを使ってお絵かきができることも知った。
何となく、毎日スーツを着て畏まらないといけない仕事はしたくないなと思っていたから、デザイナーというのは良さそうな仕事だなと思った。
それから、スポーツ選手とか、アイドルとか、俳優とかは叶わなそうだったけど、デザイナーならなれそうな気がした。何せ父がそうなのだから。
父は私の憧れの存在だった。
当時はあまり遊んでもくれなかったと思う。土日もあまり家にいなかったし、そもそも夜型の父と幼稚園児の私の生活リズムが合うはずがなかった。
だけど、今となってはどうしてか分からないけれど、当時は本当に父が好きで父のようになりたいと思っていた。
彼のことを深く知らないからこそ憧れたのだろうとは思う。
その年の七夕の短冊に「でざいなーになりたい」と書いた。前年は「けーきやさんになりたい」だった。ケーキ屋さんになって毎日ケーキを食べていたら太ってしまいそうだから、ケーキ屋さんになる夢はやめることにした。
昔から理由をきちんとつける癖があって、夢を変えるタイミングになぜそう思ったのかということをやけに強く覚えている。
翌年の年賀状で、父が「娘がデザイナーになりたいと言っています。すこし嬉しいです。」と書いていた。それが私は嬉しくて、長らくその言葉が頼りだった。
(父はその10年後に、天文学者になってほしいんだよね、と言った。その話聞いてないな、と思った)
卒園アルバムの将来の夢も「でざいなー」になっている。
「グラフィックデザイナー」にしてくださいと言っていたのに文字数の都合で「デザイナー」だけにされていて少し不服だった。
スペースの都合上11文字は長すぎたのだ。当時の私にとってグラフィックデザイナーとデザイナーだとかっこよさが10倍くらい違うから悲しかった。
それでも、自分の将来の夢がデザイナーであることが大層な臙脂色のアルバムに記されたのは少し誇らしかった。
「ケーキ屋さん」は周りに合わせていただけだったから、はじめて自分の夢としてもったのがデザイナーだった。
当時、周囲の幼稚園児の女の子のなりたい職業はケーキ屋さんとお花屋さんの二強だった。今は違うかもしれないけど。
周りに同じ夢の人がいなかったのも、特別な夢という感じがして嬉しかった。
それからずっとデザイナーになりたいと言っている。
大学を決めるときに、両親から学者になってほしかったのにと言われたり(母もか!知らなかったのでそういうことは早く言ってください)、高校の友達に勿体ないねって言われたりしたけど、なんだかんだここまで来てしまった。
いろんな人の期待とか予想を裏切ってここにきた意味、あるんですかね。あるといいな、とずっと思っている。意味をつくらないといけない、とも。
だから、聞かれたらちゃんと答えるようにしている。デザインがやりたい、今だから言える理由。それがいつまでそうなのか、大人からどう思われるのか、怖いけど言葉にするのは大切だろうね。
でもやっぱり根幹にあるのは将来の夢をデザイナーにしようと決めた17年前の小さな覚悟なので、一度文章に起こしてみた。
17年もなりたいのだからいい加減叶ったってよい。
夢の後先
2026年、デザイナーをしている。
2021年の私が想像していた「東京で働くインハウスデザイナー」にはなっていないけれど。
デザインがやりたいからデザインをしているのではなくて、自分自身の得たい経験/充足と社会の利益を同時に叶える手段としてデザインをしている。
2021年の自分だって手段の目的化を嫌っていたというのに、なぜ「デザインがやりたい」という表現をしたのか考えてみたけど、エントリーシートや採用面接の志望動機を考えていた頃だからだろう。
あるいは、デザインが好きな周囲になんとか追いつきたかったのかもしれない。
記憶というのは曖昧で、過去の考え方を思い出そうとしても理屈で辻褄合わせをするしかない。
もしかしたら、純粋に「デザインがやりたい」と思っていたのかもしれないな。
スーツを着ないで働ける職業なんてデザイナーに限らずとも無数にあるということに、2021年の自分は気づいていただろうか。
気づいていたとしても、当時の知識や視野を思うと、後には引けない状況だっただろうね。
あの頃は選択肢を広げるという心理的コストが払えない状況だった。
デザイナーになりたかった5歳の自分だけで、“デザイナーを目指すデザイン科の大学生”の輪郭を模っていた。
2021年の自分は周囲の予想や期待を裏切る選択をしていることを気にかけていたようだ。
いつでも1日前と今の思考は変わってないように思うのに、5年前と今の思考は明確に違っていて不思議だ。
2026年の私は、自分の選択が他人の予想や期待と異なっていたとしてもそれが裏切りであるとは思わない。
社会的により良いとされる考え方はあろうが、思考の変化は単なる成長ではなくて、その時点・状況を乗りこなすための手段にすぎない。
2021年の自分には自分の選択が裏切りであると捉えて罪悪感を抱えることで思い描けたことがあっただろうし、現在の自分は選択と期待の差を異なっているだけだと捉えることで別の視点で別のものを思い描いている。
さらに5年後の自分は、今は持ってない考え方で違う世界を見ているだろう。
それでいいし、それがいいと思う。
5年前と現在ではデザインの定義自体が個人的にも社会的にも変わっている。
いつまでデザイナーをやるのかは分からない。
デザイナーをやめようと思ってやめるかもしれないし、もっと別の要因でデザイナーでなくなるかもしれない。
未来を考え続ける限り夢は続いてしまう。
デザイナーになりたいという夢が叶った先で夢を抱いている。
