ダブルクリックを知らないゆっくり実況者
私には小学生のとき、一人だけ友達がいた。それがM君だった。
M君と私はインターネットが大好きだったことがきっかけで友達になった。といっても私たちにとってのインターネットとはゆっくり実況のことだった。
そんな私たちだから当たり前のようにゆっくり実況者に憧れていた。特にM君は本気でゆっくり実況者になりたがっていた。私はそうでもなかったけど。
六月だったか。ある日の帰り道、M君は自分もゆっくり実況者になると言い出した。スプラトゥーンやスマブラの動画を出すらしい。
さらに次の日には料理の動画も出すと言い出した。鍋の蓋に自分の顔が反射すると顔がバレるから気をつけるつもりだそうだ。
今なら、まだ動画を撮ってもいないのに、と笑ってしまう。でもそのときの私はそうじゃなかった。
M君はSCPだって「検索してはいけない言葉」だって教えてくれた。私はさすがインターネットに詳しくて頭いいな~、としか思っていなかった。
M君の熱がこもったその話を聞いた私は、「いつ始めるつもりなの?」と聞いた。
「七月には始めるつもり」とM君は言った。そしてそれから毎月、「○月」の○の部分は更新されていった。
七月になると「八月には……」、夏休み明けの九月になると「十月には……」、十月になると「十一月には……」……
そんなある日、帰り道にM君は自分の家に来ないかと誘ってきた。私はこれまで学校の友達の家に行ったことが一度もなかった。だからあまりの嬉しさに大はしゃぎで彼の家へ向かった。
M君の家に着くなり彼は「パソコンの使い方が分からないから教えて」と言ってきた。
M君の指差す先には少し古いNECのノートパソコンがあった。もう立ち上がっていて、ディスプレイには何も開かれていないデスクトップが映っていた。
「それで何が分からないの?」
私がパソコンの側へ近づいて言うと、「これを開く方法が分からなくて」とM君は画面に並んだアイコンのうちのひとつを指差して答えた。
何を言っているのか分からなかった私はとりあえずタッチパッドに指を置き、指差されたアイコンの上へカーソルを合わせてダブルクリックした。
「ありがとう!」
ウィンドウが開いたのを見たM君は、それはそれは嬉しそうに私に感謝した。M君は、ダブルクリックを知らなかった。
それまでもそれからも私は、ダブルクリックは知らないけど鍋の蓋に顔が反射するのを心配しているゆっくり実況者の話は聞いたことがない。
