愛媛・大洲の城下町で、26棟の空き家を壊さずホテルにした仕組み
人口約4万人の城下町で、古民家が空き家になっていく。
愛媛県大洲市の肱川沿いに広がる旧市街には、江戸時代から続く商家・町家・武家屋敷が残っている。だが2010年代に入ると、後継者不在と維持費の重さで、一棟ずつ解体の話が出始めた。建物は残っていても、誰も「残す理由」を示せなかった。
空き家問題は今や全国的な数字として可視化されている。総務省の令和5年住宅・土地統計調査によれば、全国の空き家は899万戸(空き家率13.8%)と過去最多を記録した。このうち賃貸・売却用でも別荘でもない「放置空き家」は385万戸にのぼる。歴史的な建物ほど耐震基準や維持コストの壁を抱えやすく、解体の候補になりやすい。
大洲の城下町も、その流れの中にあった。
まちを1つのホテルに見立てる発想
状況が変わったのは、一般社団法人キタ・マネジメントが城下町エリアの古民家再生に動き出してからだ。
このプロジェクトが持ち込んだのは分散型ホテルという設計思想だった。1棟の旅館を建てるのではなく、城下町に点在する古民家を一棟ずつ再生し、客室・食事処として運用しながらまち全体を「1つのホテル」と見立てる。「NIPPONIA HOTEL 大洲城下町」として展開されたこのモデルは、第1期から第4期の工事を経て26棟31室にまで広がった。
総事業費は約12億円。補助金6億円と、伊予銀行・地元信金・政府系金融3機関からの借入6億円で賄っている。公開情報によれば、行政と地域の金融機関が複数組み合わさってファイナンスを組成した。行政単独でも民間単独でも成立しないスケールの事業を、複数のプレイヤーが組んで実現させた。
「残すことを前提に動く」という設計思想の選択が、長年その土地と向き合ってきた所有者との合意形成に貢献したと僕は考えている。公開情報から直接確認できるわけではないが、「壊す可能性がある」では決して起きなかった合意が、「残す前提」だから動いた可能性は高い。
1泊100万円は話題づくりではない
2020年に始まった「大洲城キャッスルステイ」は、大洲城の木造復元天守を一夜貸し切る日本初の城泊だ。料金は1泊100万円から、定員最大6名、年間受け入れは約30組に限られる。
これは財務的な論理から生まれた設計だ。
キタ・マネジメントは分散型ホテル全体の宿泊上限を年間約2万人泊に意図的に絞っている。数を追わないことで1組あたりの消費額を最大化し、高単価のインバウンド層をターゲットに据える。その収益が古民家の維持修繕費を賄う。補助金が尽きれば終わりではなく、事業自体が保全コストを生み出す構造を持つ。ここがこのモデルの核心だ。
「補助金頼りのまちづくりは続かない」とよく言われる。大洲の場合、補助金を活用しながらも収益構造を自立させる設計を最初から組み込んだ点で、その通説に対する一つの実践的な答えになっている。
2018年と2023年で変わったこと
調べてみると、このエリアの転換は観光客の「量」ではなく「質」の変化として現れている。
公開情報によれば、2018年度の外国人来訪者は約12,000人で、東アジア系の日帰り観光客が中心だった。それが2023年、グリーン・デスティネーションズ「文化・伝統保全」部門で世界1位を受賞するに至った。2024年にはシルバーアワード、2025年2月には第15回地域再生大賞で準大賞を受賞した。
城下町に残った古民家が「残っていること自体」の価値として評価される観光地に変わった。日帰りの団体観光から高付加価値型インバウンドへ。この転換は、保存の判断がなければ起きなかった変化だ。
ただし、宿泊者数の年度別推移や観光消費額の総額は、現時点では公開情報から詳細を確認できていない。実態の数字を検証するには、行政が今後公表するデータを待つ必要がある。
尾道が示す別の道
同じ「壊さない選択」でも、アプローチが全く異なるまちがある。
広島県尾道市だ。NPO法人尾道空き家再生プロジェクトは2007年の設立以来、坂道沿いに放置された空き家100軒超を市民・ボランティア主導で再生してきた。NPO自身が手掛けた再生物件は約20棟、空き家バンク経由の成約は150軒超、ある時点では760人超の移住希望者が待機していたという(HOMES.co.jpの報道による)。
大洲との違いは規模と主体だ。大洲は12億円の官民連携ファイナンス、尾道はNPO・ボランティア主導の手作り再生。「坂道でトラックが入れない」という物理的な制約が大規模開発を阻み、古い建物を守った。そしてその「不利」が尾道ブランドになった。
あなたのまちにも、「不便だから残った古い建物」はあるだろうか。その建物に今、どんな扱いがされているだろうか。
保存したあとで起きること
成功事例として語られる一方で、構造的な弱点も残っている。
費用の問題は解消されていない。国の登録有形文化財制度では修理・保存費用の最大50%が国費補助される。しかし残り50%は所有者の負担だ。参議院の立法調査資料によれば、大型の解体修理では所有者の実質負担が1億3,500万円を超えた事例がある。個人所有者には手が届かない金額だ。
耐震の問題も切り離せない。国交省の調査では空き家の約7割が旧耐震基準(1980年以前)の建物だとされる。耐震補強工事が外観・構造を変えることで文化財としての価値を損ねる可能性があり、この矛盾は制度的に解決されていない。
そして大洲モデルが高単価インバウンドを前提にしている点だ。円安・訪日観光の変動リスクを直接受ける。観光消費が先細りになれば、保存した古民家が再び空き家に戻るシナリオは現実的に起きうる。
「壊さない」という選択は起点にすぎない。残したあとで収益を生み出し続ける構造をどう作るか。それができなければ、保存そのものが続かない。大洲はその問いに一定の答えを出したが、実証期間はまだ短い。
地元の歴史的建造物が登録有形文化財の対象になりうるかどうかは、文化庁の「文化遺産オンライン」で所在地や名称から調べることができる。また、各市区町村が策定する「空家等対策計画」はウェブで公開されているケースが多い。まず自分のまちの古い空き家がどう扱われているかを確認するところから始めてみてほしい。
あなたのまちで「壊さず残した」歴史的建造物の事例、あるいは残せなかった経緯を知っていれば、ぜひコメントで教えてほしい。
