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【短編】寂しがり屋の原風景(お題:夜店から)

 夜店から「若ちゃん?」と呼びかけられた声に聴き憶えがあった。

 声がした屋台に目をやると、鉄板で焼きそばを焼く湯気と煙の向こうにその主がいた。
 左眉の端にちょっと大きめの傷があり、眠たげな目が少々強面に見えるが、目尻は下がって愛嬌がある。

「奈良口くん、“ナーさん”やんな?」

「そう!奈良口!憶えてくれてたんや、久しぶりやなぁ」

 焼きそばを焼く手は止めぬまま、さらに目尻を下げて笑った。

 中学の同級生だった。

 二十代の初め、仕事を始めた頃に街でばったり会って以来で、その時は確かホンダのディーラーに勤めていると聞いた。

 あの頃から今まで、自分の車としてホンダの四輪を選ぶことはなかったし、彼が勤めていると聞いたディーラーも店舗統合でなくなってしまい、それきりになっていた。

 その彼がなぜ、夏祭りの夜店で焼きそばを焼いているんだろう?

「ナーさんも憶えててくれてありがとう。ビックリした」

「若ちゃん、あんまり変わってないもん。すぐに“あっ!”と思たよ」

「そういう君も、面影ありありやな」

 そう言って二人して笑った。

 蒸し暑さと人混みが苦手な僕に、「あまり行ったことがないから連れてって」と実家の近所の夏祭りに出かけることをせがんだ明子さんが隣で興味津々だ。

 明子さんには中学の話なんてしたことなかったな。

 校内暴力が吹き荒れていた中学で、想い出と言えるような記憶もほとんどないのに、こんなに懐かしく思うものなのか、と正直驚いていた。

「最後に会った時にはホンダのディーラーに勤めてる、って教えてくれたと思うんやけど、転職?」

「転職はいくつかしたけど、これは本業ちゃうよ。あれから国産車のディーラーを渡り歩いて、そこからトヨタの販売、その会社が扱ってたフォルクスワーゲンの販売に移って、もうそこが一番長なった。これでも近畿エリアのトップセールスやで」

「じゃあ、この夜店は?」

「これはこの寺の檀家衆が出してる屋台やねん。うちはこの寺に先祖代々の墓があって、檀家会の役員やってんのと、ボーイスカウトで鍛えた鉄板料理の腕を見込まれてやらされてんのよ」

 話すうちに呼び起こされる彼のイメージは、輸入車のトップセールスと頭にタオルを巻いて焼きそばを焼くテキヤの親父、どちらでも納得だし、何ならテキヤの方が似合うと思った。

 そのまま伝えた。

「いっぺんディーラーに来て昼間の僕を見て!シュッとして仕事してるから。それでゴルフあたりを一台買うてよ、奥さん用にどう?」

 そう言われて初めて、彼に明子さんを、明子さんに彼を紹介していないことに気づいた。

「あ、ごめん。彼女はまだ奥さんじゃないんだけど、そうなって欲しいと思ってる人で明子さん。彼は中学の同級生で奈良口くん」

「これは失礼、ご結婚前でしたか。若ちゃん、いや若林くんとは本当に久しぶりで、呼び止めてしまいました。奈良口眞(まこと)と申します」

「初めまして、明子です。中学生の頃のお知り合いに御目にかかるのが初めてで、お二人のやり取りに聴き入っていました」

「いやぁ、若ちゃんと並んでらっしゃる姿がご夫婦にしか見えなくて、フライングしてしまいました」

「中学生のこの人は、どんな感じだったんですか?」

 自分が隣にいなかった頃の僕のことを知っている人と話すとき、明子さんはとても楽しそうで、そして“知りたがり”の顔をする。

「若ちゃんとは中一で同じクラスになって、あとはクラスも部活も別やったんですけど、僕と若ちゃん、それに野村っていうのと3人でよく一緒に居ました。若ちゃん、“ノーさん”のこと憶えてる?」

「“テーラー野村”の息子さん。よく彼の家にお邪魔して遊んだ。絵や工作、プラモデル作りが上手くて、羨ましかった。ナーさんにノーさん、色々思い出してきた」

「ノーさん、親父さんの後を継いで頑張ってる。スーツをキッチリ着る人が減ってるから、紳士雑貨を目利きしてセレクトショップみたいにやってる。今度訪ねたって」

「あの頃のお店の場所で?全然行ってないから知らんかったなぁ」

「奈良口さんがナーさんで、野村さんて方がノーさん。で、あなたはワカちゃんだったの?」

「僕らはそう呼んでましたね。もの凄いマンモス校でね、1学年で15クラスくらいあってえらい荒れてたんですけど、若ちゃんはメチャメチャ勉強できて、先生からも一目置かれる感じでした。けどいつもニコニコしてて、正義感強くて、話しかけたなるタイプでしたよ。後輩の女の子からも人気あったんちゃうかな」

「そうなの?」
「そんなことない。地味な男子中学生やったよ」
「ふうん」

「ほら、あの子おったやん。若ちゃんの高校を目指して頑張ったけどそれは叶わずで、大阪の、四天王寺高校にいっためっちゃ可愛い女の子。美佳ちゃんっていうたかな」

「四天王寺って、進学校の女子高ですね」

「そうそう。あ、明子さんは高校で若ちゃんと?」

「はい」

「そしたら明子さんも勉強できはってんなぁ。高校からずっとお付き合い?永過ぎません?それ」

「ねぇ?」

「ねぇ?じゃないでしょ。まぁ高校生の頃からは色々あって……今度こそようやく、なんやから」

 話し込んでいる間も彼は焼きそばを焼き続けていて、ちょっとこれ以上は申し訳なくなってきた。

 そう思っていると、僕らよりもいくつか歳下に見える可愛らしい女性が屋台の奥から現れ、「眞さん、ご住職がちょっと来て欲しいって」と告げた。

「あ、ほんまに。若ちゃん、明子さん、ちょっと行かなアカンみたいやわ。これ、僕の奥さん、響子です。同じ中学の1年後輩。こちらは中学の友達で若林くん、とその奥さんになる人で明子さん」

「初めまして、響子です。お話の邪魔をしてしまったようでごめんなさい」

「こちらこそ、奈良口くんの手を止めてしまって申し訳ありませんでした」

「響子は若林くんのこと憶えてないかなぁ?僕らの学年では目立ってたと思うけど」

「眞さんの学年も人数が多いから……ひょっとして美佳ちゃんが好きだった?」

「そう!その若林くんや」

 もともと大きな瞳をまん丸にした響子さんは口元に手をやり、そして得心したように頷いていた。

「美佳さんのお話は響子さんもご存じなんですね」

「美佳は私のクラスメイトで、四天王寺に受かって周囲はすごいな、羨ましいな、って思ってたんですけど、本人はすごく悔しがってて」

「そうなんですか……」

 奈良口くんと響子さんはそこでようやく居心地悪そうな僕に気づいたようで、

「せや!住職のとこ行かな。響子も一緒に行こか」

と慌てだし、隣でお好み焼きを焼いていた男性に「本堂に行ってくるから、ここちょっと頼むわ」と告げると、響子さんと連れ立って屋台の表に出てきた。

「若ちゃん、今日は会えて話せて嬉しかったわ。僕のおるディーラー、フォルクスワーゲン若草。いっぺん遊びに来てな。シュッとしてるとこ見せたいから。で、明子さんにゴルフ、ぜひ!」

「そのうち訪ねてみるよ。テーラー野村もね」

「これ、持って帰って。ボーイスカウト仕込みの自信作や。ほなまたね」

 そう言って焼きそばの入った袋を僕に渡し、にこやかに会釈する響子さんと二人、仲良さげに本堂に向かっていった。

 束の間、中学生だった頃の記憶、夢の中にいたような気分から覚めると、隣の明子さんが例の“知りたがり”の顔で微笑んでいた。

「焼きそば、どっかに座って食べる?それとも家に持って帰っていただく?」

「んー、盆踊りも観たし、夜店も堪能したから、お家に帰っていただきましょ」

 そういうと僕の左手を取り、山門の方にゆっくり歩きだした。

「奈良口さんって、あなたの周りにいなかったタイプね。どんなお友達だったの?」

「友達になったきっかけは、クラス分けで最初に教室に入った時に席が近かったとか、多分そんなとこ。彼はハンドボール部でね、僕は、話したことあると思うけどアマチュア無線部。あんまり共通点なかったけど、話に出てた野村くんと三人、同じアニメが好きでさ。彼、顔なんかちょっと強面なのに人懐こくて、やたらと交友範囲が広かった。その繋がりで、僕も色んな連中と顔見知りになった」

「ふうん。なのに、卒業後は疎遠になっちゃったの?」

「とにかく生徒数が多くて。二年になって別々のクラスになると、お互いに何組にいて、そのクラスが校舎のどこなのかもわからんようになんねんなぁ。そうなると、同じ部活でもない限り、会う機会、話す機会も無くなって。今となっては部活以外の中学の友達って彼と野村くんの二人しか記憶がないなと思って、自分でもちょっと呆れてた、さっき」

「私の中学は全学年合わせても9クラスしかなかったから、3年間で大半の同級生と同じクラスになったわ。1学年で15クラスもあったらそれは無理ね」

「うん……でも、そうならない付き合い方もきっとあったと思うんだよね」

「それで?」

「ん?」

「美佳ちゃんは、どんな女の子だったの?」

「あぁ、僕が二年生になって無線部の部長になったときに、何を思ったのか1年生の女の子が三人、連れ立って入ってきたんだ。その中の一人」

「珍しいわね、女の子がアマチュア無線って」

「珍しいも何も、無線部始まって以来初めての女子部員。まだ“オタク”って言葉が広まる前やったけど、それこそオタクの巣窟みたいなとこに、女の子が三人来ちゃって、あれは本当に困った。早く飽きて転部してくれへんかなぁ、と思ってた」

「転部しなかったのね」

「しなかったんだよ。あれはなんでやったんやろ?半田ゴテとか、女の子には危ないものも使う部活やったのに」

「その中の一人が美佳ちゃん」

「そ。ずっと“部長さん”って呼ばれてたな。高二になる春休みに駅ですれ違って、「部長、公立ダメでした。四天王寺に行きます」って話してくれて、「四天王寺やったら県内の公立行くよりすごいやん。おめでとう」って言ったのを、さっき思い出した」

「あー、美佳ちゃんかわいそう。可愛かった?」

「三人とも可愛かったよ。どうして無線部に入ってきたのかは未だに謎やけど」

「私たちの高校に入学していたら、マンドリン部に入ってくれたかしら?」

「どうかなぁ……高校ではまた180度変わってバスケ部とか、もしかしたら演劇部なんかに入ったんちゃうかな」

「憧れの“部長”先輩がいるのに?」

「いつまでもそんなとこで止まってないでしょ」

「ふうん。そうかなぁ……冷たいぞっ、“部長”!」

 明子さんは腑に落ちない様子で、頬を膨らませている。

「まぁ、いっか。今夜はまた一つ、私が隣にいなかった頃のあなたのことを知ったし、あなたが夏祭りや、地元での催事にあまり足が向かない理由も分かったから。連れてきてくれてありがとう」

 ふうわりとした笑顔を向けて、明子さんは僕にそう言った。

「夏祭りに足が向かなかった理由?そんなん、蒸し暑いのと人混みが苦手って、明子さんは知ってるでしょ」

「そうね、よく知ってるわ。けど、それだけじゃないってことを今日知ったの。あなた、奈良口さんから呼び留められてお話している間ずうっと、少し切ない顔をしていたわ。気づいてない?」

「?!」

 図星だった。

 焼きそばを焼くソースの香り、ベビーカステラの甘い匂い、子供たちの笑顔、行き交う人たちの楽しげな表情とざわめき。

 そんな夏祭りや夜市の、角の丸い喧噪の中にいると、地元に溶け込んでいるようでそうじゃない、独り逸(はぐ)れたよそ者のような寄る辺なさを感じて苦手なのだ。

「切ない顔、か……切ないのかどうかは自分でもわからないんだけど、こういう、地元とかそこでの人、友達との付き合いを大切にしてこなかったな、不義理したな、って思うんだよね」

「今日は奈良口さんに会えたじゃない」

「うん、それで昔話をしているのが意外で不思議で、話しながらちょっとぼうっとしてた」

「ふうん。“独りでいることが好きな寂しがり屋”さんの原風景なのかもしれないわね」

「“独りが好きな寂しがり屋”って何?この前の演奏会が終わった夜、喜多にも同じこと言われた、大学の同級生の」

「私たち高校の同窓組が大学の同窓組に教えたんだもの、演奏会の練習で。みんな、あなたの指揮で合奏したいから集まってるのに、まだ独りになりたがるんだ、寂しがり屋のくせに、って。大学の同窓組の皆さん、首が取れちゃうんじゃない?ってくらい頷いてくれてたわ」

 明子さんはクスクス思い出し笑いをしている。

「それでも、だいぶ改善が見られるな、っていうのがあなたの保護者達の見解。代表者は私」

「……参りました」

「野村さんにも会いに行きましょ。不義理をしたと後悔してるなら、今度は大切にしなきゃ」

「保護者同伴でお願いします」

「もちろん。私の知らない“ワカちゃん”のお話、教えてもらわなくっちゃ。美佳ちゃんは中学時代の彼女、じゃないんだものね」

「違うし、彼女はいなかったよ。そんな子供の頃の話……」

「あら、じゃあ私の初恋や初めての彼氏、興味ない?」

「……あります」

 ノーさんはカセットテープのケースの上にνガンダムとサザビーの模型をセットし、それは見事なジオラマを創るような純度100%のオタクだったから、明子さんが期待するようなキュンとする話は聴けないと思うけど。

「それから……ゴルフは何色にしましょ?赤?蒼?」

「え、フォルクスワーゲンにするの?明子さんのクルマ」

「奈良口さんのディーラー、行くんでしょ?ご縁のものだし。明るい色があるならGTIでも好いわよ」

 明子さんは、僕の隣にいてくれるようになってからクルマにも詳しくなっている。

「うーん、明子さんにはDSの№4が似合うと思ってたんだけどな。パールベージュの……」

 明子さんは「どうするの?」と瞳で問いかけながら、悪戯っ子のように笑っている。

 ご縁のもの、か。

 ナーさん、DSのディーラーに移ってくれないかな?

(了)

こちらの企画・お題に参加しました。

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