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信じることの、強さと脆さ

37年前の今日、両親と妹と私は、
カトリックの洗礼を受けました✨


父の事業が大変だったクリスマスの夜、
ふと流れてきた讃美歌に惹かれて
幼稚園生の私を連れて
六本木教会に立ち寄ったのが
ご縁の始まりだったようです。

その後、両親は妹と私を
カトリック系の女子校に入学させ、
学校で覚えてくる聖書のお話に
苦しい人生の中に希望を感じ、
家族洗礼を受けるまでに至りました。


私自身は、
このクリスチャンの学校に
小2〜大学4年まで15年いて、

その後、留学した
カトリック大国のフランスでも、
敬虔なクリスチャンの友人が
多かったこともあって、

20年近く、どっぷりと
カトリック生活をしていました。



今、帝王学を通じて、
東洋哲理を学びながら思うのは、

数千年の時を超えて
信じ続けられている宗教や哲学が
伝えている本質は、ほぼ同じで、

信じるための方法が
それぞれに違うのだということ。



自分を信じきることは
難しいと感じる人が多いけれど、

自分より大きなもの、
すごいと感じるものを信じるのは
比較的簡単にできる。

だから、
信じる心がある人は、
心がブレにくく、
芯のある人が多い。

本来、
宗教や哲学はそのためのもの。


でも、
信じ方をあやまって、
それに依存してしまうことがある。

盲目的に信じることで、
考えることをやめてしまう。

すると、
選択する苦悩からは解放されるけど、
本当に生きたい人生を選択するのが
難しくなるかもしれない。


習慣化することで、
考える時間や労力を省エネできるのは
素晴らしいことだけど、

その習慣が、今の自分に
本当に必要かどうかを考えず、
気づいたら習慣に縛られているように。



信じる力がある人は、強い。

でも、
ただ盲目的に信じるのではなく、
常に選択しながら信じる人は、
迷ったり、葛藤したりするけれど、

その分、強さとしなやかさと自由を
手にできるようにも感じます。


自由に、信じる人でありたい✨


今日も、羽化できたかな♡


🌕️写真
グアムで生まれた娘の洗礼式💖

300年間スペインの植民地だった
グアムは敬虔なカトリックの島。
各村に必ず一つ教会があります。

ご縁あって、
日本語が堪能なベネズエラ人の
神父さまが洗礼を授けてくださり、
今でも親交があるのが嬉しい🥰

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鶴賀なほの|軽やかに自由に人生を謳歌する🦋 まずは自分が幸せになって、内側からあふれる愛情で周りを照らす人たちを増やしたい✨✨✨ いただいたサポートは、帝王学を活かしたコーチングコミュニティ「羽化」の運営に役立てます❤

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