「どうしたら戦争は避けられるんだろう」と広島出身の人がふと思った話
平和教育を受けてきて感じた違和感
筆者は広島出身で、被爆地出身として平和教育をずっと受けてきた。
国語、社会、道徳、総合(広島ならではの授業かな?)
いろんな科目で平和や戦争について考え、被爆者の方から直接話を伺う機会もあった。
でも今の社会は結局こんな感じ。
授業で習ったり考えたことがあまりつながらない実感がずっとある。
「平和教育の中で我々が考えるべきだったこと」
とはなんだったんだろうと自分なりに考えてみた。
結論
「二度と繰り返さない」というメッセージから
「どうやったら戦争をせずに済むのか」
を考えることが必要なのではないか?
小中学校の平和教育から私が一番受け取ったメッセージは
「戦争は絶対にいけない」「二度と同じ過ちを繰り返してはいけない」
これらは間違いなく大切なメッセージであり、未来を担う私たちはこれを実現しないといけないと思う。
でも、
それを実現するために必要なことを考えることのほうがはるかに大事なのでは?
と思う。
そこを建設的に、現実的に、具体的に、考えてくることはほとんどなかったなと思う。
そもそも「戦争」ってなんだろう
「戦争」とは、単純に捉えると、国と国の意見の対立を強引に解決しようとする動きだと思う。
ヒト、モノ、カネ、領土、食料、資源、宗教 いろんな媒体が流通し、利益のためにやりとりが発生する。より増やしたいと思う。
それを国同士で取引したり交渉したり、時には利害関係が生まれたり、意見が対立したりするんだと思う。その対立の解決の延長線上に戦争という手段があって、そんなの簡単なきっかけで起こってしまう。
そして対話で解決できなかったから簡単に話はまとまらないし、技術も発展しているから勝ち負けがつけづらいし、止めるのが難しい。
戦争や平和を考えるときに、
いろんなモノの取引やそれぞれの意見の背景に目を向けないと、
あんまり本質を考えることできないんだろうなと。
実際、小学校や中学校の授業で「平和のために何ができるか」を考えるワークでも、
対話が大切とか、身近にいじめをしないとか意見が出ていたように思う。
それはそれでそうだが、不十分というか。
もっとマクロな視点で考えたり、ディスカッションがしてみたかったなと大人になってから思う。
おまけ
今の時点の自分の浅はかな見解だけど、あんまり欲深く領土やお金を増やそうと無茶してもあんまりいい結果はなくて、
それぞれの国の収まるべき大きさ?みたいなのはあるよなと思う。
世界史を専攻していなかったけど、最近イギリスの歴史をまとめたYoutubeを見て、そう思いました。
どうやったら戦争はやらずに済むんだろう。
その方法を考えるときに、政治や経済、世界史と繋げて学んで、実現する方法を考えたい。
高校時代はそれらの教科を選択してこなかったから、大人になった今もう少し学ぶべきだなと思います。
